少女と糖尿病

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◇  有希の手作りのおやきを食べさせてくれるという約束は、一翔に元気を与えてくれた。 (どんな食べ物なんだろう?)  自分の席でウキウキしていると、クラスメイトから奇異な目で見られた。知らぬ間ににやけていたようだ。  無理やり真顔に直すが、すぐに戻ってにやけてしまう。  できるだけ下を向いて授業をやり過ごすことにした。  授業が終わったころには、表情筋がすっかり疲れた。 (やっと、終わったあ! さあ、おやきだ! 図書室へ直行だ!)  楽しみのあまり、いつもより早く図書室に行った。  張り切ってミシミシ鳴る廊下を歩き、ガタガタと扉を開ける。  図書室には誰もいない。 (彼女はまだか)  カフカ全集を読んで待とうと本棚に向かうと、陰に有希が潜んでいたので驚いた。 「うわあ! ビックリした!」 「あー、見つかっちゃった」 「え、どういうこと? なんで隠れているんだよ!」 「脅かそうと思って隠れていたんだけど、隠れ場所を間違えたみたいね」  有希が全身を現した。  病弱なイメージと違い、明るくて茶目っ気がある。 「おやき、持ってきたから食べようよ」 「うん」  ワクワクしていると、突如、有希が一翔の腕を引っ張った。 「こっちにきて」 「え?」  耳元でささやかれて、一翔はドギマギする。 「ここに隠れて」 「へ?」  有希に促されて、訳も分かぬまま本棚の陰に隠れた。  二人で潜む本棚の陰。  有希は、口元に人差し指を当てて、「シー」と言う。  密着度の高さに一翔は緊張する。  さらに、有希から良い香りがして、思わず息を深く吸い込んだ。
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