少女と糖尿病

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 有希は唇を固く嚙み締めると、綺麗な瞳で一翔の顔をジッと見つめる。  この表情の意味するもの。  やはり、そうなのかと一翔は思った。  音もなく背後に立たれた謎もこれで解けた。  外から入ってきて、あの扉で気付かぬはずがないのだ。 「いきなり現れたのも、すぐ近くに隠れていたからか。どうして隠れていたんだ?」 「見つかりたくないからよ」 「僕と一緒にいるところを見つかりたくないのはわかった。一人でも隠れる意味は? 誰もいないと信じた人が、どんな行動をとるのかこっそり見ていたかったのか?」  有希の目つきが険しくなる。 「そんな悪趣味で隠れていたんじゃない」 「じゃあ、どうしてだよ」  有希がまた固く唇を噛む。唇が薄くなる。  語気の荒くなった一翔を恐れて、口を閉ざしてしまった。  このままではまずいと、一翔は、優しい口調に改めた。 「責めるつもりはないけど、僕も自分しかいないと信じていたから。人がいたなんてショックだよ」 「私がここにいるって、知られたくないからよ」 「なんで?」 「うぬぼれと思うかもしれないけど、一人になりたくてここに来ているのに、ちょっかい出されるから」 「あ……」  有希の悩みを、一翔は瞬時に理解した。  自分も有希を見たくて図書室に通った口だったから。  あわよくば仲良くなりたい男子が寄ってきて話しかける。  有希にとって、鬱陶しいことこの上ないだろう。  一翔も「図書室の幽霊」の噂を聞いてここにきて、有希と出会わなかったら二度と来なかった。  扉を開けられない一翔を助けようと出てきたが、名乗らずに出て行ったのもそういうことだ。 「事情があったんだな。きついこと言って、悪かった」 「注射器を取り上げられたり、隠されたこともあった。だから、見つからないのは自衛のため。それだけは分かってほしい」  糖尿病患者にとって、インスリンは命綱。絶対にやってはいけないこと。それをやる奴がいたことに、一翔は衝撃を受けた。 「命に係わるじゃことないか! そんな酷いことをする奴がいるなんて、絶対許せない! 一体、どいつがやったんだ!」 「何人もいるけど、知ってどうするの」  何人もいることにも驚く。 「そいつらを殴ってやる!」 「それは、やめて。桐谷先生の顔に泥を塗る気? もし、この町から出ていかなきゃならなくなったら、たくさんの人が困る。おじいちゃんとかおばあちゃんがとても喜んでいるのに」 「あ……」  有希の言葉に、一翔は冷静になった。  ここに来た時、大勢の住民が歓迎してくれたことを思い出す。  今でも、町を歩けば知らない人から声を掛けられ感謝される。  出ていくことになったら、どれだけ失望されるだろう。  処置が間に合わず、命を失う人だって出てくるだろう。  一翔が問題を起こすわけにはいかない。
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