少女と糖尿病

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「力になれなくてごめん」  しょげる一翔に、有希は笑顔を向けた。 「大丈夫。私はもう慣れているから。自分のことのように怒ってくれてありがとう。それだけでも嬉しいよ。そんなことより、これ食べよ」  有希がカバンから愛らしいキャラクターの描かれた紙袋を取り出した。 「これがおやきよ」  個別にサランラップで包んだ円盤型の饅頭。  大きさが均等でないところに、手作り感が出ている。 「お饅頭みたいだけど?」 「お饅頭は蒸すけど、これはバターでソテーしているの。食べればわかる」  おやきの両面には、フライパンで焼いた焼き目がついていて、匂いを嗅ぐとバターの匂いがする。 「ああ、バターの香りだ」 「君って、食べ物の匂いを嗅ぐ人なのね」 「だって、初めて見たから」  一翔は、大きく口を開けてかぶりついた。 「あれ?」  食べたものの味が予想と違ったとき、人は思考が止まる。  中には、ごま油で炒めたみそ味のみじん切りの菜っ葉が入っていて、甘さが全くない。  お饅頭のようなものと想像していたから、舌が戸惑う。 「どうしたの? 変なものは入っていないわよ」  有希は、パクパクと食べている。 「いや、想像と違っていたから」 「お饅頭じゃないって言ったでしょ」  一翔は、おやきとはバターでソテーしたお饅頭だと思っていた。 「だって、餡はどうするって聞いたから。餡と言えば餡子だろ」 「餡っていうのは、小麦粉の皮で包む具のこと。餃子の餡と同じ」 「そういうことか」  糖尿病だから甘いものを控えているのだろうと、一翔は納得して全部食べた。 「この中身って、何?」 「野沢菜。それも知らないの?」  一翔が何も知らないことに、有希は呆れる。 「野沢菜っていうんだ。知らなかった」 「東京じゃ、野沢菜は食べられていないの?」 「見たことない」 「えー!」  日本全国で食べられていると思っていたので、有希はさらに驚いた。 「で、味はどう? みそ味にしてみたんだけど」 「最初はびっくりしたけど、こういうもんだと思えばおいしくなった。みそとゴマが効いている」 「なんか、無理やりね」 「そんなことないさ。ただ、初めて食べたから、比べられないだけ」 「おやきは家庭料理。その家、その家の味があるの。みそだって自家製だから同じ味はない。すごく、簡単にできるのよ。薄力粉と強力粉を混ぜて……」  有希が作り方を伝授してくれた。
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