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◇
有希が図書室へ入ると、一翔は立って窓の外を眺めている。
忍び足で後ろに近づき、両手で目隠しをした。
「オワッ」
「ダーレダ」
重く低い声。
驚く一翔だが、誰の仕業かすぐに察した。
人間の血が通う温かい手。
こんなことをするのは、有希しかいない。
「芳須有希さん」
一翔は、細い手首を軽く握ってゆっくりと目隠しを外す。
振り向くと、有希の笑顔が目に飛び込んできた。
「あー、残念。声を変えたのにわかるんだ。幽霊だと思わなかった?」
「幽霊がこんなことをするわけないだろう。人間で、ここでこんなことをするのは一人しかいないから、すぐに察したよ。そうでなけれな、振り払っていた。こんないたずらをするなんて、案外、子供っぽいんだな」
「あ、そう。他の友達はいないの?」
「いない。で、どうしてこんなことをした?」
「だって、一人で外を見て黄昏てるんだもの。何を見ていたの?」
有希も窓の外を見たが、部活動の練習をする生徒たちがいるだけで、変わったものは見当たらない。
「何もないよ。ただ、ぼんやりと校庭を見ていただけ」
一翔は、席に座ってカバンからおやきを取り出した。
「昨日話した通り、違うおやきを持ってきたよ」
「今日は何が入っているの?」
「切り干し大根の煮物。小麦粉の生地に合いそうと思って選んでみた」
「へえ。食べてみるね」
有希は、感心しながらおやきにかじりつく。
うんうん、と頷きながら、すぐに食べ終わった。
「これもいける」
「そうだろ」
一翔はおやきに手を付けていない。
「君は、食べないの?」
「後で食べる」
「食欲がなさそうね。お昼に食べすぎでもした?」
「そうじゃない」
一翔に元気がない。
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