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「礼を言われるほどのことじゃないから。この扉はゆがんでいて、力の入れ方にコツがいるの」
実践しながら、コツを教えてくれた。
「真ん中を掴んで少し浮かせながら引っ張れば、ほら、スムーズに動くでしょ」
「あ、そうだね。これからそうするよ」
扉の開け方などもはやどうでもよいが、彼女と会話できるなら、どんな内容でも一翔は歓迎だ。
用は済んだと思ったようで、少女は席に戻ると読みかけの本を手に取った。
読書に戻ってしまえば、話しかけることはままならなくなる。
そうなる前に慌てて話しかけた。
「あ、あの、僕は2年2組の……」
「桐谷一翔君でしょ」
当然のように知っていた。
「あ、知っているんだ。えーと、君は?」
一翔は、彼女に興味があることを悟られるのが恥ずかしかったので、興味はないけど助けてもらったから名前を聞くんだ風に、気持ちとは裏腹の不遜な態度で言った。
その子は名前を答えず、「私、もう帰るから」と、棚の間を縫うように歩いて何冊もの本を棚に戻していく。
「あ、ちょ……」
そのまま荷物をまとめると、一翔が引き留める間もなく逃げるように出て行ってしまった。
その後ろ姿を呆然と見送る。
「え、嫌がられた? それとも、遠慮しているとか?」
話し掛けてはいけないとか、近づいてもいけないとか、知らないところで言われているのだろうか。
そう思えてしまうほど、あからさまに避けられた気がする。
「特別扱いされるとしても、これじゃハブられているのと同じだよ。クソ!」
むしゃくしゃして宙を蹴り上げる。
「お、いい蹴りだね」
その瞬間を栗林万奈先生に見られた。
栗林先生は、一翔の担任であり、社会科を教えている。生徒間の呼び名はクリマンだ。
「先生!」
栗林先生は、明るい顔を一翔に向ける。
「図書室で勉強? あらー、やっぱり、お父さんの遺伝子を受け継いでいるのね。君の姿勢は周囲にいい影響を与えてくれるわ」
一翔に期待する気満々。
――ズキン……。
一翔の胸が締め付けられて、鼓動が早くなる。
父のことを引き合いに出されると、いつもこうなる。
『父親に似て、勉強のできるまじめな優等生』
その言葉は、前の学校でも嫌になるほど言われてきた。
ここではもっと言われるのだろう。
一翔は、それを言われるといつも落ち着かなくなる。
居ても立っても居られなくなり、自分を見失いそうになる。
そして、わざと相手の期待を外すように言ってしまう。
「いえ……、その……、勉強じゃないです。図書室の幽霊の噂を聞いて、ちょっと、見てみようかなと思っただけです」
栗林先生は、その言葉を中学生にありがちな反抗だろうと考えた。
つまり、いい子に見られるのが嫌なだけで、本心ではないということだ。
「またまたあ。まあ、いいわ。図書室の幽霊か。その話を聞いたのね」
「そうです。先生も知っているんですね」
これ幸いと、一翔は、話題を図書室の幽霊に変えた。
さっきの子も気になるが、栗林先生に名前を聞く気はない。
少ない生徒数。いずれ、クラスも名前もわかるだろう。
「ええ。先生はここの卒業生なの。その噂は先生が在校生だったころからあったから」
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