おやきと僕の部屋

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「ねえ、都会からこんな田舎に来て、どう思った?」  有希は、一翔に興味があるのか、それとも、東京に興味があるのか定かではないが、一翔に町の印象について質問してきた。 「どうって言われても……」 「田舎だなあって思ったでしょ。嫌じゃなかった?」 「僕は人混みが苦手だから、こっちは人にぶつかることもないし、静かでいいと思った」  東京の雑踏を歩くと、人にぶつかりそうになったり、後ろから追い立てられる気がしたりで落ち着かない。  そして、伊那町は、ただの田舎じゃない。  日本橋から京都の三条大橋まで結ぶ中山道に位置し、江戸時代には宿場町として栄えた。だから、村ではなく町。  今でも当時の町並みは残されている。  趣のある通りを歩くと江戸時代の旅人気分が味わえる。  それでいて、近郊には田園風景が広がり、北アルプスがそびえる。  3000メートルを越える山を間近に見たことのなかった一翔は、何度見ても圧倒されてしまう。  これほどの高山になると、近づいても近づいても遠ざかり、遠ざかっても遠ざかっても迫ってくる。  それがとても不思議で面白く、引っ越してきた当初は、北アルプスばかり眺めていた。  見るからに険しい山並み。岩石むき出しの岩稜に雪渓。  いくら見ても見飽きない。 「ここは、東京では観られない美しい風景がどこにでも広がっている。人の多さも丁度いい」 「田舎は人のつながりが濃いでしょ」 「ああ、そうだね。近所の人が毎日のように声を掛けてくるよ。それも、一人じゃなく、何人も」  話好きの向かいのおばさん。何かと食べ物をくれるおばあさん。自家製野菜を差し入れてくれる裏のおじいさん。隣のおじさんは気さくに。  いろんな人が温かく接してくれる。  東京ではなかったことが、ここでは当たり前になっている。
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