おやきと僕の部屋

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「それって……」 「養子なんだ。両親は、赤の他人の子である僕を引き取って育ててくれた」  驚いた有希は、目を見開いて手で口を押えた。 「そうだったんだ……。だから……。でも、できないと決めつけることないよ……」 「血のつながりはなく、遺伝子を受け継いでいない。僕が医者になるのは無理だ。能力がない」  一翔は、実の両親のことを何も知らない。  しかし、ろくでもない人間だっただろうと想像している。  そんな人たちの子が医者になろうなんて願ってはいけない。頭の出来も悪いし、医学部に行くにはたくさんのお金が必要で、育ててもらっているだけで御の字だと思っている。 「遺伝子だけがすべてじゃない。家の人たちは大人になって糖尿病になった人はいるけど、私のように若くてなった人はいなかった。だけど、私はなってしまった。家族の中で自分だけが病になったことに納得がいかなくていろいろ調べてみたけど、遺伝子が関係ない場合もあるんだって。逆説的に考えてみると、遺伝子がその人のすべてを決めるわけじゃないってことじゃない?」  有希は有希なりに、なぜ自分だけがと悩んでいた。  一翔を説得しようとするのは、有希の優しさから。  本気で心配しているから。  それを感じ取った一翔は、凝り固まった自分の心が少しだけほぐれた気がする。 「やる前からダメだと諦めることはない。自信がないというのなら、何か違うことに挑戦して、自信をつけるところから始めてみてはどう?」 「自信をつける?」 「そうよ。成功して自信がつけば、医師にも挑戦できるでしょ」  有希の励ましに、一翔の気持ちは少しだけ前を向く。 「何をすればいいかな」 「北アルプスに挑戦するってのは?」 「そう言うなら、自信をつけるために挑戦してみようかな」 『そうしなよ』という有希の返事を期待して待っていたが、有希は何も言わずに俯いた。  「どうかした?」  的外れなことを言ってしまっただろうかと、一翔は不安になる。 「ちょっと、体調が悪いかも……」  有希が胸を押さえている。 「え? 急に?」 「ごめん、ちょっと休ませて……」  心配で見ていると、有希の体がグラリと揺れてゆっくり床に倒れ込んだ。
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