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「芳須さん!」
驚いて呼びかけたが、有希は反応しない。
「あんなに元気にしゃべっていたのに、こうも急変するものなのか? いや、また僕を担ごうとして演技しているんじゃないか?」
前に騙されているので、半信半疑で様子を窺う。
「本当に、体調悪い?」
話しかけても有希は動かない。
「僕がアタフタしたところで、また起きだして笑うんだろう」
聞こえるように話しかけても、有希の目は開かない。
「いつまでも寝ていないで、早く起きろよ」
有希の肩を軽く揺さぶってみた。
力むことなく、何の抵抗も見せず、簡単にグラグラと揺れる。
意識があるなら自然と抵抗してしまうもの。
「もしかして、これが低血糖による意識の混濁ってやつ?」
たった今まで元気に喋っていたのに、こんなに突然来てしまうのかと驚く。
「このままにしておけないな……」
自分にできることを考える。
「そうだ! インスリンの注射だ!」
急いで有希のバッグを開けて、注射器の入ったあの箱を探した。
どこにも見当たらない。
「え? ウソだろ? 何でないんだよ。常に持ち歩いているんじゃないのか? イカより、鯉より、インスリンだろう!」
命より大事なインスリンを忘れるというのも考えにくい。
「それとも、切らしていたとか? それで、どうにか今日、処方箋が欲しかったということか……」
事情が分かったところで、窮地に変わりはない。
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