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「そんなに古くからあるんですか?」
「やーねえ! 先生が卒業したのは、ほんの14年前よ! そんなに古くないわよ!」
栗林先生は、朗らかに笑った。
14年前は古くないと言われても、まだ14歳の中学生にとっては、はるか昔だ。
「もっとも、先生がいたころにはすでにあった噂話だから、起源はもっと古いんでしょうね。先生が聞いたのは、『日が傾きかけたころ、西日が差し込む図書室に行くとオレンジ色の光の中に浮かび上がる』」
「夕刻だけしか出ないんですか」
「そうよ。しかも、幽霊さんに運良く出会えてお願いすれば、一回だけどんな願いも叶えてくれるって言われていて、皆、一生懸命に図書室へ通ったものだったわ」
一翔は、思わずぷっと吹き出した。
「幽霊がなんでも願いを叶えてくれるんですか? ありえないでしょう。神さまじゃあるまいし」
「言い伝えというものは、伝言ゲームと一緒でね、端折られたり、尾ひれがついたりするもんなの。語り継がれる中で変化していったんだと思う。でも、変な話のほうが噂も広がるじゃない? 幽霊に会おうと、せっせと通った子もたくさんいたっけ。そんな中の一人が、ピアノコンクールで優勝して願いが叶ったって触れ回ったの。それで一気に広まったのよ」
思わず信じてしまいそうな逸話が出る。
「その子は本当に幽霊を見たんですか?」
懐疑的な一翔の質問だったが、栗林先生は力強く頷いた。
「確かに見たって言っていた。オレンジ色の光の中にぼんやりと浮かび上がったって。それで慌てて優勝、優勝、優勝と3回唱えたんだって」
「それって、流れ星にすることでしょう」
考えてみれば、流れ星に3回願いを唱えると叶うという話だってありえないことだ。
それなのに、現代になってもまことしやかに人々の口に上る。
「そういう事か……」
このような話がなくなりもせず語り継がれてきた理由が少し理解できた気がする。
「でも、相手が幽霊というんじゃ、ロマンチックでもなんでもないや」
まだ、道端の石ころに願うほうが叶いそうな気がする。
「本当に、幽霊はいるんでしょうか」
「先生は、見たことないけどね。それより、下校の時間よ」
下校時間を告げる蛍の光が流れている。
栗林先生から帰るように促されて、一翔は図書室をあとにした。
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