おやきと僕の部屋

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 一翔の行動を見て、父が医師になることを初めて勧めた。 「お前はきっといい医者になれる。目指してみてはどうだ」 「でも……」  父の期待に背くことは心苦しいが、一翔には自信がない。 (僕は、あなたの血を引いていないのに……)  両親の実の子じゃないと知ったとたん、もてはやしていた人が手のひら返しするのを何度も経験してきた。  そのことをいつまでも引きずっている一翔は、簡単に決められない。 「今すぐ決めなくていい。時間はまだある」  父は無理強いしない。  本人の決意が一番重要だとよくわかっているからだ。 「ところで、今日は何の出張だったの?」 「あ、……ああ、昔の知人と会うことになって、今日しか無理だというから、仕方なく休診にして東京へ行ったんだが、次からはきっぱりと断るよ。この辺の患者さんは、他に頼る病院がないんだからな。急な休診はやめることにする」  旧友にあったにしては、表情がさえず言葉を濁す。  父はそんな簡単に休む人じゃない。  よほど、深刻な事態でもあったのだろうと一翔は考えた。  これ以上、触れないほうがいいようだ。 「父さん、僕、北アルプスに登ってみようと思うんだ」 「一翔が自分から言いだすなんて、珍しいじゃないか」  大人しい一翔が自分から行動を起こそうとしていることを父は喜んだ。 「いい?」 「もちろん、大賛成だ。頑張りなさい」  父は、幼いころから一翔が何をしても叱ったことも反対したこともなかった。  いつも味方になってくれた。  そのことを、一翔は思い出した。 (実の子じゃないのに、どうして? それとも、実の子じゃないから?)  答えを知りたかったが、聞く勇気もない。  この家庭は、まるでバランスオブジェのようなものだ。  わずかな力でバランスが狂えば、すべて崩壊する。  今の形を保つには、やたら触らないことが重要となる。
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