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「東京では全然、歩かなかったんだろうね。学校も送迎つき?」
(は? どこのセレブ息子だよ)
一翔は、僅かに顔をゆがめる。
「東京では、モテたんじゃない? 転校することになって泣かれた?」
(どうせ興味ないだろ。答えを知る気のない質問はやめろ)
先と同じ表情のまま。
「勉強できたんだろ? 学年で何位だった?」
「普通です」
ずっと個人的なことばかり聞いてくるが、どうも質問に悪意を感じてしまい、あいまいな返事に終始した。
見かねた小田島が、「聞きすぎだに。困らせるんじゃないに」と、注意してくれた。
「すんません。俺と年が近いから、仲良くなりたくて」
大樹は高一。
他のメンバーは、成人している。
ここに中二の一翔が紛れ込んだわけで、大人たちは気さくな人ばかりだが、離れすぎて扱いに戸惑っているのか距離を置かれている。
それもあって、大樹が一翔ばかりに話しかけるのかもしれないと好意的に解釈できなくもない。
長野には、有志の登山クラブが山ほどある。
その中からここを選んだのは、たまたま、自宅のポストにメンバー勧誘のチラシが入っていたから。
父もチラシを見て参加したがったが、土曜日は診療があるし、怪我でもして診察できなくなってはいけないから断念した。今後も登ることはないだろう。
参加したいときだけすればいいという、なんの縛りもない気楽なクラブ。
年代が10代から30代までと、他より若く、でも、趣味なので無理な登山はないとの説明だったので、一翔もできそうと思ったからだ。
年が近い大樹の存在は大きかったが、こうなるなんて予想できなかった。
大樹が本格的に絡んできた。
「お前が嫌そうにするから、俺がいじめているように見えるじゃないか。会話、できないのか?」
答えにくいことばかり聞いてくるからなのに、返事のない一翔を責めてくる。
しかし、仲よくしないと他のメンバーに心配掛けてしまう。一翔は渋々折れた。
「そうですね。すみませんでした。ちょっと、疲れていたもので」
一翔が謝ると、大樹の態度が少しだけ軟化した。
「ここは田舎だろう?」
警戒している一翔は、大樹の『罠』にかからないよう慎重になる。
どこでどう発言を歪曲されて言いふらされるかわからないからだ。
否定すれば馬鹿にしているのかと言われ、肯定しても馬鹿にしていると言われるだろう。
頭を素早く働かせる。
「大自然が豊かってことですよね」
「……」
大樹は黙った。
肯定であるが悪意のない答えが出せたと大樹は悦に入る。
しかし、大樹はめげずに第二弾を放ってくる。
「都会の人には驚くことが多いんじゃないか?」
「そうですね……。正直、驚くことはたまにあります」
攻防戦が続く。
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