図書室はオレンジ色の光に溢れ

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図書室はオレンジ色の光に溢れ

 桐谷一翔(きりやかずと)が、「図書室の幽霊」について噂話を聞いたのは、北アルプス山麓にある長野県伊那町立伊那中学校に転校してきて間もなくのことだった。  この中学校は年々生徒数が減少しており、数年後には廃校が決定していた。  かつては多くの生徒たちでにぎわっていた校舎。今では使われていない教室が半分以上を占めて、生徒の姿もまばらで校内は閑散としている。  図書室は校舎の一番端にあり、空き教室が並ぶ長い廊下を歩いていかなければたどり着かない。  廊下の照明は消されて、切れた電球も取り換えられることなく一日中薄暗い。  そんな場所にあるから、幽霊が出ると聞いても冗談だろうと笑い飛ばせない雰囲気が漂っていた。 (図書室か……。行ってみようかな)  ちょっとした好奇心で一翔は図書室へ行ってみることにした。  もちろん、幽霊など信じていない。  以前、『あれは人の脳の中にあるレビー小体の病気による幻視だ』と、父から聞いたことがあった。  それでも行ってみようと思ったのは、この町には中学生が放課後に時間をつぶす場所がなかったからでもある。  単なる暇潰しだ。  引っ越してきてみれば、伊那町は町といいつつ想像以上の田舎だった。  学校の周囲には山と川と田畑しかない。  険しくそびえる北アルプスは、美しいが自分にとって無縁の場所。  商店街はあるにはあるがほとんどが閉店しており、営業しているのは仏具屋とか仏花屋とかの仏事向け。都会で味わえたような普通の買い物は、電車かバスで1時間以上掛けて地方都市に出るしかなく、中学生が気軽に行けない。  他の生徒たちは、部活動だったり、家が農業で手伝いがあったり。学校が終わるとあっという間に引けていく。  誰もが忙しく、都会から来た転校生に関わっている暇はない。話したとしても、話題も感覚も合わない。  一翔も都会から来たという妙なプライドが邪魔をして、友達になってくれなどと自ら言うタイプではなかった。  とにかくなじめず、転校三日目にして、(中学を卒業したら都会の高校に絶対行く)と決めたぐらいだった。  それもあって、一人で時間を潰せる放課後の図書室は、恰好(かっこう)の避難場所だと考えた。  一翔の父は医師である。  伊那町はながらく無医地区であった。  町役場の熱心な開業要請に父が応じたことで、転校までして引っ越しし、診療所を開くこととなったのだ。  それまでは、都会の大きな病院のエリート勤務医だった父。  そこでは救急病院も兼ねており、父は激務だった。  帰宅もままならず、自宅にいても常に呼び出しに待機する生活を送っていた。  一翔の養育は妻にまかせっきりであった。その妻が一年前に亡くなった。  父一人子一人の生活となり、一翔のことを考えた父が転地を決めたのだった。 『ここなら、職住接近で時間の自由もきくからな』  これまでの生活を見直し、父子がもっと一緒にいられるようにしようというのが父の希望だ。  その気持ちはありがたかったが、正直、そんなに気を使わなくてもいいのにとも一翔は思っていた。  そのような理由により、桐谷家の転入には町をあげての大歓待を受けるほどで、桐谷親子のことを知らない町民はいないほどだった。 (転校生っていじめられるのかな)と、転校前は心配していたが、いじめられるどころか、大事なお医者様のご子息に失礼のないようにと親から言われているのか、同級生たちは腫れ物に触るような扱いをしてくる。それが却って息苦しいのだった。
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