おやきと図書室

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おやきと図書室

――有希が消えた。  そんなはずはないのに、一翔の頭からその疑念が消えない。 (二度と現れないなんてこと、ないよな……)  有希のこととなると、まったく平静でいられなくなる。  そんな自分を変だと思う。 (とにかく、落ち着くことだ)  勉強は手につかない。  そこで、有希が教えてくれたおやき作りに挑戦してみることにした。それで有希に食べてもらう。 (おやきなら、糖尿病の人には甘いものより食べやすいもんな)  悪くないアイデアのはずだと自分を勇気づけて、スーパーへ食材を買いに行く。 (えっと、薄力粉と強力粉だったな……。それと、バター。餡は何にしようか……)  有希が作ってくれたおやきには野沢菜が入っていた。  同じものでは芸がない。  自分は違う具で作ってみることにした。  翌日の放課後。  一抹の不安とおやきを抱えて図書室に行く。  有希の元気な顔があったので、ホッとした。  愛しい気持ち。  それを悟られないよう、「ウッス」と、気取った挨拶で向かいに座る。 「昨日、急に消えたのは何だったんだよ」  一翔が心配していたなどと思いもしない有希は、平然と消えた理由を答えた。 「クリマンの足音がしたから隠れたの。君は、残像がどうとかって、ずっと一人でしゃべっているし、伝える時間がなかったの」 「もしかして、僕のこと、変な人扱いしてる?」  確かに一人でしゃべっていた気はするが、一翔は有希と会話しているつもりだった。 「隠れているんだろうなと思ったけど、先生の前で捜せないだろ。だから帰った。鍵かけられて大丈夫だった?」  一翔が出たところで、栗林先生は図書室内に生徒がいないかザッと見回した。隠れ方が巧妙な有希に全く気付かず、施錠していた。 「中から開けられるから大丈夫よ。一晩ぐらい無施錠でも、ここでは大した問題にならないから」  一翔が来たのに、いつものように隠れていなかった有希に聞いた。 「今日は隠れなかったんだね。僕の足音に気付かなかった?」 「気付いていたわよ。でも、君には隠れる必要がないから」 「………………」  有希の言葉は、一翔の胸のあたりをくすぐり、心を包んで温かくした。  すごく嬉しかったが、照れくささから素直に言葉で表せない。  表情は正直で、いくら引き締めようとしても緩んでしまう。  それを隠そうと、痒くもないのに鼻の下をこすった。
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