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壱 紅瞳の白猫
一日の終わりを飾る、誰そ彼時。山の端を染めていた夕焼けの『紅』が、ゆっくりとその色を消していく。
空の高い位置にある雲の輪郭だけが、唯一、わずかに夕焼けの色を映しているけれど、これも直に消えていくのだろう。
今は、夜の帳が辺りの全てを覆うのを待つばかり。
厳かで儚い、このひと時が、私はとても好き。
誰そ彼時は、逢魔が時とも呼ばれる。
昼と夜とが混じり合う時の狭間には、魔が潜みやすい。
妖魔に出会わぬよう、独りになってはいけない。気をつけなさいと人は言うけれど、私はそうは思わない。
だって、ほら見て? 空は夜の藍色に染まっていってるのに、雲の縁だけが赤銅色に輝いてる。こんな美しい光景、今しか見られない。
それに、とても美しいからこそ、他の誰かと一緒ではなく、独りで眺めたいのだもの。
「独り占め、が、いいわ。……あぁ、でも私、光成お兄様となら、この空を一緒に眺めたいのだけれど……」
水やり途中の水差しを脇に置き、つと、溜め息をつく。
『お兄様』と呼んではいるけれど、実の兄ではない美しい男の姿も、消えゆく夕空に思い浮かべた。
幼き頃よりずっと、憧れ、見惚れ、愛しく想ってきた相手――――藤原光成様。
大納言家の嫡男で、帝に仕える蔵人。艶麗さと聡明さ、弓の腕前とを兼ね備えた比類なきお方。
私の、片恋の相手。
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