壱 紅瞳の白猫

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 大納言家の傍流の血筋の自分とでは、とても釣り合わないと諦めつつも、幼き頃よりお慕い申し上げてきた。 「でも、お兄様は私を嫌っておられるから、ともに美しい光景を眺めることすら、叶わない願いなのでしょうね」  私が帝に仕える(かみ)の女房となったのは、蔵人である光成お兄様のお姿を、時折でも内裏(だいり)で垣間見ることができるのではと期待したから、だなんて。言っても、きっと信じてはもらえない。  だって私は、お兄様と顔を合わせると、いつもきつい態度を取ってしまうのだもの。 「好きすぎて悪口を言ってしまう私のことなんて、お兄様はきっと、お嫌いで……」 ――どすんっ! 「えっ?」  帝のおわす大内裏(だいだいり)内侍司(ないしのつかさ)の庭で薄明(はくめい)の空をひとり見上げ、虚しい独り言の最中。その空から、大きな物体が落ちてきた。 「何、かしら。とても大きくて、“ 白くて紅い何か ”だったような……」  それが落ちたのは、目の前の茂み。つい先ほどまで、自分が水やりをしていた、朝顔や他の草花が密集している場所へと、そろりと近づいてみる。  確認しなくては。  “白くて紅い”なんて、おかしな言いようだけれど、本当にそう見えたのだから、それを確認しなくては。 「ぎぃっ、ぎぎっ」 「まぁ! これは……!」  そこには、深紅の瞳を妖しく煌めかせる大きな白猫がいた。そして、その真白き体毛は、緋色の炎に縁取られ、ちりちりと逆立っている。  ――今、まさに逢魔(おうま)が時。 「ぎっ、ぎぎぃっ」  耳障りな唸りを聞かせている“それ”は、どこからどう見ても、(あやかし)だった。
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