壱 紅瞳の白猫

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「あら、あなた、怪我をしているの?」 「ぎぎぎっ、ぎぃっ!」  不思議なことに、突然、空から降ってきた妖猫を、怖いとは少しも思わなかった。  それどころか、その身体中に刻まれた傷がとても痛々しくて。手当てをしてやりたい、痛みを取り除いてやりたい、その欲求だけが頭を占めていく。  唸り声で威嚇されても構わずに、朝顔の蔓の上でうごめいているその身体に近づき、あれこれ世話を焼いていた。 「ちょうど傷薬を持っていて良かった」  庭木の水やりと手入れをする時は、必ず傷薬を持つようにしていたのが功を奏したみたい。  気をつけていても、枝や固い茎で指先を傷つけてしまうことがよくあるから。すぐに塗れるよう、いつも常備している薬を塗ってあげる。 「これね、とても良く効く薬草なのよ。早く治りますように」 「ぎぃっ、ぎぎぎっ、ぎっ?」  全ての傷口に丁寧に薬を塗り込み、そっと身体を撫でてあげたその時。それまで私を威嚇していた唸り声が、初めて、何かを尋ねるような音に変わった。 「あなたの身体、緋い炎で覆われてるのに、私が触っても熱くなかった。人の身である私でも、ちゃんと触れるように温度を調節してくれたのでしょう? ありがとう。 そんなとても優しいあなただから、少しでも痛みを無くしてあげたかったの。早くお家に帰れるように」  自信はなかった。けれど、この妖猫は少しは人語を解するのではないかと期待した私は、自分の気持ちを伝えた。御礼と、いたわりを込めて。 「ぎぎぎっ、ぎぎぃっ…………お、まえ……ちがう、ぞ」  すると、目の前の(あやかし)の様子に突然の変化が。  唸り声が、たどたどしい人語へと変わった。
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