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弍 ひみつの花園
「篤子様? どちらへ行かれるのですか?」
――ぴくんっ
雨の湿りが残る、夜明け前。ひそかに局を抜け出したつもりが、隣の局から飛んできた声にぴたりと足が止まった。
「あ、小梅の君。あの……寝苦しいので、少し風に当たりたいの。涼んで落ち着いたら、戻ってくるわ」
「そうですか。お気をつけて」
良かった。すぐに納得してくれた。
まだ夢心地なのか、とろんとした目を眠そうにこすりながら自らの局に引っ込んでいく振り分け髪の姿に、ほっと息をつく。
内侍司で、ともにお務めに励む、小梅の君。
女童たちの中では最年長とはいえ、まだ十四歳。ふと目覚めたものの、またすぐに夢の世界へ戻りたいのよね。
「あぶなかったな、あつこ」
「あら、まだお話ししては駄目よ。誰に聞かれるか、わからないのだから」
両手で抱えた布包みの中から甲高い声を向けてきた相手の頭を撫で、早口で諫める。この子猫が人の言葉を話すことは、誰にも知られてはいけない。
「お庭に出たら、またたくさんお話ししましょうね。さ、行きましょう?」
そっと足を踏み出した簀子縁から見上げた先には、糸のように細い有明の月が白く輝いている。
菫色と朱鷺色が絡み合う、まだ明けきらない朝ぼらけの空のもと。目指す場所へと、足を急がせる。
私たちだけの、ひみつの時間。ふたりきりのひと時を過ごせる場所――――ひみつの花園へと。
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