知らずの町

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早姫は結姫が来たことにより安堵した。 「梨花ちゃんが言ったのよ。お母さんは、窓からポーンてっ」 震える声で早姫が辺りを恐々見た。 懐中電灯を照らしてもらって足元を見たが先ほど踏んだ肉の塊のようなものはない。 暗闇が見せる幻覚だったのだろうか。 「とりあえず、旅館の中に入りましょう。そして広信さんと一緒にここを出ましょう。」 「でも、外は怖いわ。」 ぽろりと口から出た言葉に早姫自身が驚いた。 旅館も怖いが、外はもっと怖い。 恐ろしい者が口を開けて待っていそうだ。 「ここよりは、マシです。」 智也が強い口調で言った。 結姫が早姫を立ち上がらせると、智也の先導で玄関へと向かった。 出た時は明かりがついていたのに、なぜ今はこんなに真っ暗なのだろうか。 智也が、三回引戸を叩いた。 そして、おもむろに引戸を開けた。 旅館の中は明るかった。 「え、嘘。」 早姫が恐々と呟いた。 きっと、光を通さない遮光の引戸なのだ。 そう、自分を納得させた。 「女将さん、居ますか?」 智也は大きな声で呼んだ。 「あらあら、鈴木さんこんな夜にどうしたんですの?」 と、紺色の着物を着た女性がやって来た。 「すみません、さん。」 「え?」 早姫は目をぱちくりとした。 今までこの女性を中居さんだと思っていたのだ。 「え?女将さんは綺麗な着物を着た方ではないんですか?」
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