知らずの町

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誰もいないことに唖然とした。 広信はまだ月の湯にいるのだろうか。 早姫は、へたりこむように床に座った。 湯気がふんわりと鼻孔をくすぐる。 ここは、なんも音がしない。 早姫は鼻をすすると、立ち上がった。 「温泉に入って広信を待とうかしら。」 さっきのは多分、風か湯気で竹が膨張して音が鳴ったに違いない。 根拠はまったくもってないが、なにか理由をつけずにはいられなかった。 脱衣場に戻ろうと早姫は振り返った。 思わず、体が強張る。 脱衣場のガラス戸はわずかに開いていた。 開いているのは、自分がきちんと閉めてなかったからだ。 それは、いい。 見えるか見えないかの隙間のむこう。 黒い影が動いた。 それは、影、としかいいようのないものだ。 のっぺりとした黒いモノが、脱衣場にいてゆらゆらと動いている。 ふ、とそれが 動きを止めた。 (見つかる) そう思った早姫は、浴衣のまま温泉に飛びこんだ。 べったりと浴衣が素肌にひっつく。 早姫は、固唾を飲み込むと、顔だけ脱衣場の方を向けた。 黒いモノはいなくなっていた。
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