知らずの町

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早姫は安堵して、気を静めるために顎までお湯に浸かって、我に返った。 「やばっ」 慌てお湯から上がろうとするが、浴衣が水分を吸って重たい。 「あー浴衣が」 下着をつけてないのが、幸いだったが、浴衣はお湯を吸いあげてびしゃびしゃである。 カラリと引き戸が開く音がして 「おまっ、なんで浴衣のまま入ってるの」 広信が驚いた声を出した。 「こ、これは、その」 「混浴だからてっ、浴衣のまま入るやつはいないだろ~」 広信は笑いながら、お湯で体を洗うと温泉へと入った。 「早く出ないと、浴衣がダメになってしまわないか?」 早姫は涙目になって 「思いの外、浴衣が重くて」 どれ、と広信は早姫の襟元に手をかけた。 「だいぶ、お湯を吸ってるな」 脱がすぞ?と断りをいれて広信は浴衣を脱がした。 早姫は慌てて、体をお湯に隠した。 広信はそのまま浴衣を外に出した。 ずるり、ずちょっ 広信は重たさに顔をしかめた。 人一人分の重たさとそう変わりがないんじゃないだろうか。 広信は次に裾を絞った。 透明な液体が出てきたことに、少なからず安堵する。 色落ちとかはなさそうだ。 「で、なんで浴衣のまま入ったの?」 責める、というよりは素朴な疑問のように広信は言った。 早姫はお湯の中で縮こまった。 広信は、オカルトや心霊や迷信は、いっさい信じない。 それに、黒い影のようなモノの説明もうまくできない。 仮にできたとしても、見間違いや気のせいで一蹴されることだろう。 「浴衣、着てるの忘れて、入っちゃった。」 我ながら阿呆らしい理由だと思いながら口にする。 「なんだよそれ~」 広信は、ぷっと笑うと絞りきった浴衣を脱衣場の籠へと入れにいった。
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