知らずの町

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竹林を通り抜けて行くと拓けた場所にたどり着いた。 かつては白い縦看板だったのだろう。 所々に錆が浮き白さを浸食している。 「竹無村」 褪せて掠れてはいるが、なんとか読める。 道は相変わらず細いが民家がちらほら見えてきた。 車はそのまままっすぐと進んだ。 昼間だというのに人っこ一人いない。 「温泉はこの先の小高い場所にあるそうなんだ。」 興奮気味に広信が言った。 対して早姫はげんなりしていた。 秘境の温泉と聞いていたから、少なからず山奥にある旅館的なものをイメージしていた。 (寂れた農村というか、集落というか、) 道は緩やかな坂道になっていった。 上へとあがっていくと、民家が密集しはじめた。 どの家も固く閉ざされている。 「お、あれだ。」 広信の声に促されるまま早姫は前方を見て口をあんぐりと開けた。 「すごい」 森の中に旧家の和風な建物がそびえている。 はっきり言ってこの寂れた集落にはおよそ似つかわしくない建物だ。 二階建てで横に広くベージュ色の壁に障子がずらりと一列に並ぶ。 灰銀色の甍が鈍い輝きを放っていた。 「明治時代の建物だそうだ。」 「なんでこんな村奥に?」 「確か、庄屋から一代で成金になって故郷に避暑地として造られとかなんとか。」 広信はネットに書かれていた文字を思い出しながら答えた。
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