知らずの町

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◇◇◇ 広信は時計をちらりと見た。 柱にかかっている時計は、かなり古めいているデザインだ。 時計の針は7時30分を示していた。 「確か、風呂は9時までだったな。」 「え、うん。」 「俺は風呂に行くけど、早姫はどうする?」 広信は、いたずらぽっく笑って、つけ足した。 「混浴に入るか?」 「や、やっだっ、広信てっばっっ」 照れ隠しに早姫は広信の胸をポカポカと叩いた。 「で、どうする?」 と問われ早姫は逡巡した。 夜に、あの風呂に行くのは怖い。 そして、この部屋に一人きっりなのも、怖い。 テレビも無い、その上にネット環境もないのだ。 部屋の壁は厚いのか隣の部屋の物音さえ聞こえて来ない、この環境で一人で過ごすのも、なんだか怖いのだ。 早姫が決めかねていると、襖の前から少女の声がした。 「早姫ちゃん、一緒に温泉に行こうよー。」 早姫は、舞香と梨花だと思って、笑いながら襖を開けた。 そこには、誰もいなかった。 あれ?と思い廊下にでると、階段の下から笑い声が聞こえる。 「待ってるよ。」 くすくす、うふふ、きゃらきゃら と笑い声が後を引くように響いた。 早姫は、くすりと笑うと広信に振り返った。 「私も行くわ。」
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