知らずの町

60/71
前へ
/73ページ
次へ
「早姫!どうした!?」 広信が早姫の肩を掴んで揺さぶった。 それまで、早妃は叫び続けていた。 「広、信。ひっ、人が、死んでっっ」 早姫は泣きながら、湯船を指した 「誰もいないぞ。」 もう一度、広信に肩を揺さぶられ、早姫は湯船を見た。 白濁したお湯だった。 赤い色もない、浮かんでいる人もいない。 何もないのだ。 「え…?」 状況が飲み込めずに、早姫は瞬きを繰り返した。 「早姫、誰もいないし、どうもなってない。」 「だって、」 「疲れて幻覚を見たんだよ。」 広信が、勘弁してくれと言うように息を吐いた。 「でも、」 確かに見たのだ。 赤い湯も、そこに浮かぶ髪の長い女性も 「ほら、体が冷えている。風呂に入ろう。」 広信が立ち上がらせようとして、早姫はかぶりを振った。 「ここは、嫌。」 「嫌てっなぁ」 「月の湯の方に入る。」 美肌だし。と早姫は付け加えた。 広信は、ひとつ息を吐くと、早姫の頭を軽くポンポンと叩いた。 「わかった。20分後に外で待ってるな。」 早姫は、こくりと頷いた。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加