華月鏡の桃園

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

華月鏡の桃園

寄ってらっしゃいませ。 長旅でお疲れでしょう。 ゆるりとお休みなさいな。 さぁさぁ深くお眠りなさい。 目が覚めた頃には………。 ・・・・・ 目をそっと開けると辺りは陽が差し桃の花の香りが鼻をくすぐる。 冷たくもなく暑くもなく心地がよい風だ。 少年はまた目を瞑り考える。 私はこのような綺麗な場所にいる資格はない。それに早く皆の所へ戻らなくてはいけない。 仲間達は戦っているというのに一人このような安全な所へいるわけにはいかないのだ。 少年の名は阿燕(あえん) 上質な剣に丈夫な鎧綺麗な衣服を(まと)い髪を結い上げ涼しげな目元をした美しい少年であった。 「おや、お客さんかな」 ひらりと衣のような服を着た人が扇子を扇ぎながら阿燕へと近付いてゆく。 「ここに住んでいる方ですか?失礼ですがここは何処でしょう?私は急いで戻らなくてはならなくて…」 「心配する必要はない。あの子達もきっと大丈夫だ」 「……?」 阿燕は戸惑う。 「私達のことをご存知なのですか?」 「ずっと見ていた。君達が戦っている所も」 「………」 ますます意味が分からず混乱する。 ずっと見ていた?なにを?私達をか? どうやって?まずここは何処であの人は誰なのか? 「…質問に答えてください。ここは何処なのですか?」 「ここは華月鏡(かげつきょう)」 「華月鏡?」 「そう。心地よいだろう?私が育てた桃園なのだ」 微笑みながら桃の花を見詰めるその姿はまるで子供を見るかのような眼差しであった。 「貴方が育て上げた桃園なのですね。貴方は兵の方…ですか…?」 「私が軍に属しているように見えるか?」 「見えません…けど…」 「ここはそんな野暮なことをするような所ではないからな。」 「………」 「お茶を煎れよう。きっとすっきりする」 「私は帰らなくてはいけなくてっ…!!」 「まずお茶を飲みなさい」 ずいっとお茶を渡され咄嗟(とっさ)に受け取る。 「……分かりました。お茶を頂きましたら帰りますので」 少し怒り気味に一口。 するとスゥッーと心が軽くなる。 「…美味しい」 「そうだろう?私の特性ブレンドだ。桃の花を入れてある。」 「…すごく落ち着きます…」 「さぁ飲み干したら帰るのだろう?」 「帰る…?あれ…私は…何処へ……」 「帰る場所が分からないならここへ居るといい」 「…なにかとても大事な約束事が…あったような……」 「約束…それは?」 「分からない…私は…私はっ…」 「飲み干してから考えればいい。きっと思い出すだろう」 「…はい」 阿燕は飲み干す。 「……あれ…なんだか眠く」 「そうか…眠るといい。」 「……っ…」 気絶するように眠りにつく。 「おやすみ阿燕。君はとても優しいいい子だ。よく頑張った。目覚める頃には…戦のない平和な世へ行けるように桃の花を添えよう」 眠る阿燕の手にそっと桃の花を添える。 桃色の光が阿燕の体を包み消えてゆく。 阿燕の体があった場所に種が一つ転がっていた。 「さぁこれも植えてやらないと。きっと綺麗な桃の花を咲かせてくれることだろう。」 華月鏡の桃園は春香(しゅんこう)の自慢の庭園。 桃の花が(ほころ)ぶ桃源郷である。 春香はまた種を植え桃の花を咲かせる。 皆の想いがここに集う。 花が咲いた時がその桃の花の種の持ち主が転生する時である。 そうしてできた桃園は春香にとって子供も同然。 綺麗な花を咲かせられるように今日も水を与える春香であった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!