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シャーリーが台の上にそれを置くと、優がそれ見ていいですか? と聞くので、彼女はいいよ、でも英語だけど大丈夫? と返した。確かに歌詞を見てみれば、見事に英語で書かれていて、全くわからない。彼は、やっぱりいいです、と少し困ったようにはにかんだ。そんな優を見て微笑を浮かべた彼女は、本に目を戻し、朗々と歌い出した。いくら上手いとは言っても、まだ少したどたどしい日本語とは違い、美しい発音で歌っているのを見ると、あぁ、やっぱり外国の人なんだな、と優は漠然と反芻する。年がほとんど変わらないにも拘わらず、シャーリーはとても大人っぽく、しっかりしていて、頼りになる。……僕とは大違いだ。だから僕にとって彼女は憧れのようなものなのだろう、と優はそう思いながら、その美しい歌を聞いていた。
歌い終わったシャーリーは本を閉じ、聖書を開ける。パラパラと、あるページまで捲ると、今度はその一節を朗読し始めた。優には何を言っているかはさっぱりわからなかったが、どこか心に沁みるようで、ただ漠然と、いいな、と感じられた。そして彼女は本を閉じ、祈り始める。小さく聞こえる雨音と厳かな沈黙。暗い外とチャペルのぼんやりとした白い明かりが混じりあい、輪郭をぼかし、溶かしている。映画のワンシーンのような、印象派の絵画のような、美しい情景。彼は、その絵をずっと見ていた。否、そこから目が離せない。その場に漂う清浄な空気が、彼を捉えて離さない。けれども彼は必死になってそこから目を逸らした。……これ以上は直視できなかった。
祈りから覚めた彼女は、目を逸らした彼を不思議そうに見つめる。ごまかすように笑って、優も祈り始めた。暗い空の影が僅かに彼にかかる。組んでいた手をほどくと、少し息を大きく吸った。息遣いが、震えている。
「優?」
彼は俯いたまま何も答えない。
「ねぇ、どうしたの」
苦しそうに呻く優の肩を掴むシャーリー。手にその震えが伝わってくる。彼女の方を全く見ずに、何かに憑かれたように、震えている。
「優……?」
何か言いかけて、彼は口を噤んだ。首を振って、頭上の十字架を見上げた。
「僕は……ぼく、は」
言葉の断片が、紡がれようとして、解けていく。言葉を浮かべても、今の彼には音に出来なかった。
「やっぱり君の話を、聞かせて欲しい。一体何があったの。……悪いけど、僕はそれを譲りたくなくなってきた」
気まずそうな顔の優。一方で毅然と彼に立ち向かうシャーリー。こうなると彼女が引き下がることはないだろう。その気迫に押され、優は意を決して、重い口を開く。
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