In the Chapel

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「…………1つ、昔話を聞いてもらってもいいですか」 「……構わないよ」  シャーリーの返答に小さく笑い返して、少年は語り始める。 「……あるところにまだ幼い、男の子と女の子がいました。2人は仲が良くて、時折一緒に遊んでいました。家だったり外だったり、色んな所で遊びました。2人でいつも楽しく遊んでいました」  淡々と、彼は語り始めた。 「ある日、2人は近くの海に、行きました。2人のお母さんと一緒に。時折2人は、そうして海に、出かけていました。なぜなら、彼女は海が、好きだったから……」  声が震えていく。 「だから、その日も泳いでいた。それはよくあることだったし、皆気にせず彼女の泳ぎを見ていた。スポーツが得意だった彼女は、本当に泳ぐのが上手かった⸺⸺まるで人魚みたいで、いつかは水泳選手か、スポーツ選手になるのかな、なんて思っていた、けど」  雷のけたたましい音が、これ以上聞きたくない、とばかりに小さな独白をかき消す。 「彼女は奥へ行くと言って……普段なら安全だけど、その日は、たまたま、雨が降った次の日だったから、水かさが増して、危険であることを、知らなかった……彼女は。…………彼女は」  訥々とした語りが、壊れていく。 「知っていた、知っていたのに。なのに、なのに……言えなかった。どうしてかわからないけど、言えなかった。そうしたら……」  上擦った声。シャーリーの目が大きく見開かれる。外で吹いていた風の音が止まった。 「僕は…………罪人なんです」  静寂を打ち消す波紋。震える水面が、空間全てを震わせていく。 「僕は悪い人です。僕があの時、何か一言でも言っていたら、あの子は死なずに済んだのに」  ふやけた白い肌。冷たい水の底から浮かび上がった、熱を失った体。 「僕の、せいで」  まだ未発達な細い指が、痛々しい程深く胸に食い込んでいる。彼は己の激情を抑えているのか、苦しげに体を折り曲げ、小さく呻いた。シャーリーの大きく揺れている目が、行き場を失って下へと泳ぐ。 「僕が、僕が、言っていたら、彼女のご両親が泣くことはなかった。……まだ、2人は苦しんでいる、のに」  少年はぐっと歯を食いしばり、自分を掻き抱いて、その体を更に深く曲げる。揺れた前髪に隠れた下唇は、血が滲んで赤くなっていた。 「優。君は……」  チャペルから音が消える。暗い水底の沈黙が、そこに長いこと横たわっていた。…………そして。 「僕は⸺⸺⸺⸺⸺⸺人殺しです、人殺しなんです!」  絞り出すような絶叫。重々しい慟哭がドーム状の天井を貫き、響き渡る。何かを訴えるように叫んだ雷が、ステンドグラスごしにその艶のある黒髪を照らした。けれども、眩い光を受け、彼が作り出した影は、濃く深く、黒を湛えている。彼女は何も言えず、黙って首を振った。彼の苦しい息遣いだけがチャペルの底に沈んでいた。 「…………神様」  不意に彼は少し喘いで、掲げられた十字架を見上げた。 「神様は、僕を赦してくれますか?」  掠れた声。縋るように首を傾げる。 「神様なら、この苦しさから、僕を解放してくれる。神様なら、赦してくれるって、信じたくて……」  大きく息を吸う。彼の影の中に立つシャーリーには、その苦しみがはっきりと伝わってきた。 「………いっそ、天国の彼女が許してくれれば」  呟いたその願いが届くことはない。わかっていても、願いたくなるのは。その重みが少年が持つには余りにも大きすぎるから。何かに縋らねば、消えてしまいそうだから。彼女は黙って、その迷い子を見ていた。 「お願い、神様。……どうか、どうか」  その後の声はか細く、彼女には聞こえなかったが。  ⸺⸺⸺⸺僕を救って下さい。  小さな慟哭が、チャペルの静寂に溶けた。
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