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In the Chapel
外では先程から降り始めた雨が、降り続いている。外套の雫を払い、扉を開けた。辺りに響き渡る少年の足音。何かに呼ばれているかの如く、歩いていく。並んだ長椅子の間に作られたその道の先⸺⸺⸺悠然と立つ1人の少女がこちらに振り返った。
「……あれ、優。どうしたの? 君も祈りに?」
視線を受けた少年、優はこくり、と頷く。
「ええ。まぁ、そんなところです。僕はあまり宗教って信じていないのですが、たまにはいいかなと、思って」
後ろで結んだ彼女の金髪が、僅かに風でなびく。右手にはいつも被っている黒の帽子。左手に巻き付いているのはロザリオだ。彼女の故郷、英国はキリスト教の国だから、別段驚くことはなかったが、旅行中でも礼拝に行く程熱心だとは知らなかった。知り合ってそれなりに時間がたったが、まだまだ知らないことが多い。
「シャーリーさんはいつもこうやって祈りに来るんですか?」
「そうだね。僕もそこまで熱心ではないから、月2回程度だけど。今回はたまたま近かったし、時間もあるから、こうして来たんだ。……朝の礼拝には行けなかったけどね」
少女、シャーリーはそう言って目の前の台に置かれた聖書と讃美歌を手に取った。
「でも優。どうして祈りに? 普段から来ているわけではないのだろう?」
手に持っている聖書をまじまじ見ている優に問いかける。物珍しげな様子からしても、やはり教会には縁遠いのだろうと彼女は思った。それならどうしてここへ? ただの素朴な疑問だったが、それを聞いた優は顔を曇らせた。「あぁ、その……思うところが、あって」
「思うところ?」
そうシャーリーが聞くと、優は気まずそうに目を逸らす。その様子が気にかかった彼女が、どうか、話してくれないかい? と食い下がる。けれど、彼は黙ったままだ。しばしの静寂。2人以外、誰もいないチャペル。俯く彼の顔に、綺麗に切りそろえられた前髪がかかる。ややあって彼は頭上の十字架を見上げ、重い口を開く。
「………誰かに話を、聞いてもらいたくて」
「話? 一体どんな話を? それは……僕ではダメなのかい?」
彼は真正面を見たまま、こくりと頷いた。再び十字架を見上げる。その思いつめた横顔は、年若い少年とは思えない程、彼から幼さを奪い去っている。シャーリーは何も言わずに讃美歌をぱらぱらと捲った。
「えっと、父から聞いたんですけど、キリスト教では確か、何か悪いことをした時、神様に話すことで許してもらえるっていう、ものがあるんですよね?」
「confession……あぁ、日本語で何だっけ、でもうん、そうだね。あるよ。……そうか、それをしに来たんだね」
「……はい。牧師さん、今日はもういないみたいですけど、ともかく、話を聞いてもらいたくて。……神様に、こういう時は頼ってもいいかな、って」
「そっか。……そうだね。誰かに頼るのは大事だよ」
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