千客万来 栞堂

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数日後、栞堂でのアルバイト、初日。 まずはおじいちゃんにあいさつをしようと自宅を訪ねた。一応電話をかけてみたけどつながらず、あまり朝早くに行ったら迷惑かと思って昼前に訪ねたけど、玄関には鍵がかかっていた。 「おじいちゃーん、めくるだよー」 玄関で声を出しても返事はない。お母さんにおじいちゃんは入院しているのか聞いたら、そうではないという。だから家に来たんだけど、留守なようだ。 「栞堂に行ってみようかな」 おじいちゃんの好きなお菓子屋さんのわらび餅を片手に、栞堂へ向かう。 考えてみれば栞堂へ行けばおじいちゃんは必ずいるのだ。先にお店に行った方が早かったかもしれない。 色とりどりの季節の花が道端で揺れるのを眺め、若葉が茂る桜の木漏れ日をくぐって、細い道を野良猫の気分で進んでいく。 路地裏というほど奥まってはいないのだけど、表通りから道を一本逸れるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。 爽やかな風の音と共に通りを抜けると、見えてくる赤いレンガの壁。真ん中にガラスの扉。その扉の上、赤茶の三角屋根の下に、大きく栞堂とあって、他に看板はない。 確か裏口もあるんだけど、倉庫に繋がっていて、使っていないと昔聞いたような。おじいちゃんは正面入り口のガラスの扉から出入りしていると言っていた。 かなり久しぶりに訪ねることになり、少し緊張しながら、ガラスの扉を押し開いていく。鍵はかかっていない。openの札もかけてある。ということは、おじいちゃんは中にいるんだろう。 「おじいちゃーん。いますかー?」 入り口から声を出してみるけど、返ってくるのは静寂のみ。床から天井まで、まるで大木のように生える本棚が両脇から圧迫してくる。 扉からまっすぐ店内を見ると、正面にレジカウンターがある。お客さんが栞堂に入ってくると、真っ先にレジと対面するのだ。でもそこも無人だった。 店内の明かりはついている。眩しすぎない目に優しい光の加減。本が日焼けしないように調節された、本にも優しい明かり。 レジまで進むと、少し離れた場所にキッズスペースがある。夏はい草の畳、冬はふわふわのカーペットが敷かれるその場所は畳二畳分ほど。そばには背の低い本棚があって、子ども向けの絵本が並べられていた。 幼い頃は私もここで、絵本を読んだなぁと思い出す。 「昔と一緒だ。なつかしい」 本以外におもちゃは無く、小さなイスやクッションが端にまとめて置いてある。 おじいちゃんのハタキのパタパタの音をBGMに、あの頃の栞堂が思い出される。 絵本の背表紙を眺めてから顔をあげるが、やっぱりおじいちゃんはいない。留守だろうか。
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