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糸滴
天から垂らされた無数の蜘蛛の糸。もしや私にお慈悲をくださったのか。これを登れば私も、この肺を刳り貫かれるような、胸を擂り潰されるような痛みから逃れられるのか。
そう思い手を伸ばすけれど、握る前に指先で爆ぜた。
分かっていた。糸なんかじゃない、これは雨。ただの粒。小さな水の滴がその身を投げる様が、そう見せているだけだということくらいは。それでも思い込んでいたかった。この手に掴みたかった。
滑稽だ。
手を伸ばさなければいつまでも、無数の救いが降り注ぐ幻影に、身を浸していられたのに。意思が行動に変わるとき、こうも見事に希望は散り散りに崩れ去ってしまう。
そもそも、私は蜘蛛を助けてやったことなど一度も無かった。寧ろ大嫌いだ。見たくも無い。目にしようものならどうにかしてくれと一目散に誰かの背に隠れるような人間だ。
「は…」
乾いた笑いと言えばいいのか。だが、このどしゃ降りに否が応でもそれは雨を吸い。纏わり付くようにぬめった吐息と言ったほうが、しっくり来る。
なんだ。最初から、慈悲をかけられる資格なんて無いじゃないか。
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