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 そうして幾つ雨に射たれていただろう。  まだらに鈍重な空を、一面、鮮烈な紅が遮った。  あまりにはげしい色に竦んだ。  それが盾となり、矢雨から私をまもるようにしていると気付いたとき、やっと、これは傘だと理解する。 「ちょっとキミ、今授業ちゅ…ちょっ、ずぶ濡れじゃない!何やってんの!」  その真紅色の声が、私の背後から、両耳を抓る。 「……罰を受けているんです」 「え?…よく分からないけど、風邪を引くリスクを負ってまですることじゃないわ。ほら、来なさい」  白衣を羽織り、切れ長の目を眼鏡の奥に仕舞ったこの人は、この学校の養護教諭だった。  保健室に連れられ、絞れば雑巾みたいに水を吐く制服から、予備の体操着に着替えさせられた。そして毛布でぐるぐる巻きにされる。  先生は、私の独りよがりな懺悔を、ただ黙して聴いていた。どんな表情をしていたかは見ていない。私はずっと毛布の端を胸元で握って、その丸くゆるやかな皺から目を離さなかったから。  寒いはずなのにじっとりと汗。唇まで震えながら、時折息も不器用になる。緊張か。何に対するものなのか。これから受けるであろう謗りか、それとも別の何か。  そして私が口を閉ざすと、重い息を吐くのが聞こえた。ナカにめり込んだままの夥しい鉛が疼く。 「…あなたの言う罪を自覚したのなら、罰を受けるより先に、やるべきことがあるんじゃない?」 「え…」  思いがけない第一声に、私はつい顔を上げた。先生は、卓上ライトだけを点けたこのグレイの空間で、尚も轟轟と降り頻る雨を眺めていた。 「きっとその彼女たちも、あなたも。そのほうが効くと思うわよ」  そう言って、腰掛けていた椅子を回して、体ごと正面に向き直る。上体を膝に預けたら、柔らかく切れた瞳。その微笑みの吐息が鼻先まで届くのではと感じた。 「分かるでしょ?…『ごめんね』って、言えばいいのよ」  鉛が騒ぎだす。 「罪の向こうにあるのは罰だと言われがちだけど、先生はね、そうは思わない。秩序のためには罰も必要なのかもしれないけど…罪の後にあるのは、『ごめんね』の気持ちで、あって欲しい」  一つずつ逃げ出して行く。何処から?出口はドコ? 「そのほうがずっと、罪をあがなえる。…まあ先生は、罪って言い方、強すぎてあんまり使いたくないけどね」  強く握り締めていた掌はほどけ、毛布が落ちる。床にふわりと音は、風は、優しく。 「大丈夫。そこから変われる。だって貴女は、気づけたのだから」  冷えた身体で、この両の瞳だけが熱を持って。ナカに籠城していた痛みは堰を切ったように。頬を通り道にして、この手を目掛けて。掌でひとつになったこの、いとしずくは、嘘、こんなに、あたたかい。
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