嫌い

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嫌い

 私は真似をするのもされるのも大嫌いだ。だから流行りなど、追い求めたこともない。  自立するペンケースが人気を博していたときは、クラスの誰もがそれを晴れがましく机の上に置いていた。正直、馬鹿らしいと思っていた。皆が皆似たり寄ったりのモノを携えて、何が面白いのだろう。でも周囲はそれを一種のステイタスのように着飾るものだから、何も着ていない私は白い目で見られている。知っていた。別に構いはしない。私は私が良いと思ったモノだけを身につけるから。  そんなだから、友人は少なかった。 「ねぇ、透子の卵焼き、ちょうだーい」 「…うん、いいよ」 「よしゃ!…んーおいし!じゃーあたしからは、アスパラベーコンあげるー」 「ありがと」  このおかず交換も本音では面倒臭い。大人しく自分の箱の中身だけを平らげていれば良いのに、こうしてシェアという儀式のもとに満遍なく全てを少しずつ欲しがる。女の悪習と言う他無い。そうは思っていても、この手順をひとつひとつ積み重ねていかなければ、たちまち独りになることも分かっていた。他人を馬鹿にする癖に、その中で孤独にはなりたくないのだ。いや、だからこそなのかもしれない。見下している連中の中で孤立するなんて見窄らしいこと、私には耐えられっこないから。 「どう?どう?」  そして彼女は、まだ箸を咥えたままの私へ期待の眼差しを向ける。そうだ、交換したら終わりではない。 「うん、美味しい…バランスが、」  いつも味の感想とセットなのだ。この一言を考えるのがいつも煩わしい。「美味しい」で済めばかわいいのだが、それだけだと「なにそれー、味もそっけもない」と、隠すことなく不満を返される。でも、そのくらい無遠慮に入り込んでくる質のおかげで、入学早々「グループ作り」の流れに乗り遅れた私が今、余り者にならずに済んでいる部分もある。だから出来る限りは付き合って遣りたい気持ちも、嘘ではない。 「…絶妙だよ。さすがだね、梓のお母さん」  得意気ににんまりする梓。今日のコメントはどうやらお気に召したようだ。 「私も、欲しいなあ」  のんびり屋の成美は、食事のペースだけは早い。自分の弁当をほとんど食べ終えたところで、隣の梓のおかずにロックオンしている。 「いーよ。じゃあ、…ってもう無いじゃん。もぉー」 「えへへ、明日はあげるからあ」  そう言って成美は、幸せそうにアスパラベーコンを頬張った。ひと噛みする毎に、うっとりした吐息。その合間合間に「おいひい、おいひい」と漏らす。もし、彼女のようにおおらかで素直なリアクションを、私にも期待されているのなら、土台無理な話だった。  それでもこの二人は私の友人の全てであり――私たちはグループであり――どちらかと言えば好きな方だった。でなければこうして一緒には居ないはずだ。 「本当、成美って美味そうに食べるよねー」 「見てるだけで腹一杯って感じ」  私たち三人の向こうから、髪を短く揃えた二人組が声を投げてくる。そのヘアスタイルは女子バスケ部の証だった。声も身体も、存在感も大きい彼女たちのことが、別の生き物のようで、私は苦手だった。 「ねー!広海と渚も餌付けしてみたら?幸せのお裾分け、してもらえるよー」 「マジー?じゃ、食べる?」 「いいのおー?ありがとおー!」  だけど四人は弁当を寄せ合って、仲良くつつき合いを始めた。梓も成美も、今や後ろ頭だけをココに置いて。  居心地を聞かれれば悪かった。それがまた情けなかった。すでに完成している私たちのグループへ、こんなふうに別のモノが乱入した場合、私はどう振る舞うべきか分からない。遠慮というより萎縮。もはや私の居場所だけずり落ちた。その証拠に、広海たちが私に目を向けることなどただの一度も無い。あったとしても、何も「着ていない」私に与えられるのはどこか怪訝な、冷めた排除の眼射し。  だから嫌いなんだ。相容れないんだ。ジャキンと私の目の前で空間は切り取られ、彼方側だけ勝手に時間が進んでいく。そして結局独り法師に辱しめられ。  その後はただ、自分の箱の中身だけに視線を落とし、鈍まな時間がやってくるのを只管待った。
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