その表情は僕だけのもの

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その表情は僕だけのもの

「あれ、颯真ってお酒飲むんだ……」 「ぇ? ……あぁ、それ。こないだむちゃくちゃ暑かったからつい買っちゃっただけのやつ」  そこまで得意じゃないから、持て余してるんだ。  照れ臭そうに笑った颯真が頭をポリポリと掻いている。  冷蔵庫に鎮座しているのは350mlのハイボール缶。ビールは苦いから苦手と笑う颯真に、司は? と聞かれて首を横に振った。 「飲んだことない。……大学1年の時に章悟がいなくなっちゃったでしょ。飲み会とか誘われても行かないし。……断り続けてたら誘われなくなって。一人で飲む気にもならないから、飲まないままきちゃった」 「…………そっか」  呟いた颯真が一瞬目を細めた気がする。しんみりした空気を取り繕おうとしたのに、それより先にいつもの顔した颯真が、じゃあさ、と笑う。 「あのさ、いつかやってみたいと思ってたことがあってさ。ちょっと付き合ってくんない?」 「やってみたいこと?」 「そうそう」 「そりゃいいけど……何するの?」 「それはやってみてのお楽しみってやつだよ」  にかり、と嬉しそうに楽しそうに笑った颯真に、行こう、と腕を引かれて訳が分からないままに家を出た。  家を出てスマホのナビを頼りに辿り着いたのは、いわゆるリカーショップだ。オレもそんなにお酒には詳しくないものの、この間行った店で偶然出会ったあのお酒には一瞬で虜になってしまった。オレがあまりにも美味そうに飲んでいたせいなのか、お店の人がアレンジをいくつか教えてくれたのだ。  いつか試そうと思いながら、そもそも肝心のリキュールがスーパーやコンビニには置いていないせいで先延ばしになっていたのだけれど、司の初めてのお酒にきっとピッタリに違いない。  端から端までお酒で埋め尽くされた棚が並ぶ店内をキョロキョロと見渡す司が可愛くて、ついデレデレと見とれてしまう。控え目に見てたつもりだったのに、視線が熱すぎたのかキョトンとした目が急にこっちを向いた。 「……ん? なに?」 「んーん。……可愛いなぁと思っただけ」 「っ、また! 買い物するんでしょ!」 「分かってるって」  プンスカ怒る顔も可愛い、だなんて──言ったら火に油だってさすがに分かってるから、仕方なく目当てのものを探して商品棚に視線を移す。とはいえ数が多すぎて目で棚を追うだけでも一苦労だ。  埒が明かないと割りとアッサリ自分で探すことを諦めて、店員さんを探してウロウロする。そんなオレの半歩後ろを、小さな子供みたいにキョロキョロしたままついてくる司が可愛くて愛しくて仕方ない。 「……前見て歩かないと転んじゃうよ」  好きな子ほど苛めたくなるだなんて小学生じゃあるまいしと自分でも呆れながらも、怒ったところが可愛いから見てみたいんだとつい唇が意地悪を紡ぐ。 「転ばないよ」  子供じゃないんだからとむくれる司は、やっぱり可愛い。  その可愛く尖った唇に触れたいという衝動を押さえつけていたら、視界の端に棚を整理している店員さんを見つけてホッとしたような残念なような複雑な気持ちになるんだから、やっぱり自分もまだまだ子供なんだろう。  店員さんが居ようが居まいがお店の中で実際にキスする訳にもいかないのだからと、弁えた振りで司の方を振り返った。 「店員さん見つけたから、ちょっと聞いてくるね」 「ぇ? あ、うん」  出来れば飲むときにビックリして欲しくて、ちょっと待ってて、と司をその場に残して作業中の店員さんを見つけて駆け寄ったら、目当ての場所を教えてもらってもうひと走りする。  目当てのお酒は3サイズで展開されてたから、真ん中のを選んでレジに走って、ホクホク顔で司のもとに戻る。 「あ、もう買ってる」 「うん。後もう一個買うものあるから付き合って」 「もう一個?」 「うん」  首を傾げながらもワクワクを隠せない顔の司を連れていつものスーパーに立ち寄ったら、バニラアイスを2個買って家を目指した。 「アイス? がおつまみ?」 「おつまみとはちょっと違うんだけどね」  オレも初めて試すけどきっと美味しいと思うんだ、と付け足して笑ったら、興味津々の顔して頷いてくれる司が可愛すぎて抱き締めたくなるから困る。 「早く帰ろ」 「そだね。アイス溶けちゃうもんね」  袋の中のアイスを楽しそうに見つめた司に、そうだね、と笑い返して腕を引いた。  買い物から帰ってすぐに楽な格好に着替えて食事も終えて、デザートにしよっか、と笑った颯真が台所から持ってきたのは透明なガラスの器に入ったバニラアイスだった。 「じゃ~ん」 「…………あれ? これが、お酒?」 「そ。まぁちょっと食べてみてよ」 「……いただきます」  ウキウキした顔の颯真に手渡されたスプーンをソロリとアイスに差し込んで、まずは小さめの一口。 「…………わ、チョコの味だ。……美味しいね、これ……全然お酒っぽくない……」 「チョコレートのリキュールがバニラアイスの上にかけてあるんだ。お店の人が教えてくれたアレンジなんだけどね、ずっとやってみたかったんだよ」  オレも食べよ、と嬉しそうに大きめの一口を頬張った颯真が満足そうに笑う。 「あぁ~……やっぱ想像通りめちゃくちゃ美味しい……」  嬉しそうな颯真の笑顔は、くすぐったいくらいにオレを幸せにしてくれる。 「ん? どしたの? 食べないの?」 「食べるよ」  嬉しそうな顔をじっと見つめていたら、颯真がキョトンとしながら首を傾げるから、照れ臭さを誤魔化すつもりで大きめの一口を頬張る。  バニラとチョコの奥にひっそりと隠れたお酒の香りが、なんだか大人になった気持ちにさせてくれるような気がするから単純だ。 「今度さ、居酒屋とかも一緒に行こうか。考えてみたらカフェにはよくお茶しに行ってたけど、ご飯は外で食べたことあんまりなかったもんね」 「……そういえばそうだね」  思い返せば、食べる量が少な過ぎて外食しても残してしまう自分を気遣って料理を始めてくれたんだったなと、ニコニコ顔で最後の一口を大事そうに口に運んでいる颯真を見つめる。 「…………ありがとね、颯真」 「ん? あにあ?」 「色々」  孤独から救ってくれたこと。自分を責めている振りをしながら、結局何もかもを放棄していた怠惰を叱ってくれたこと。食事の楽しさを思い出させてくれたこと。誰かが傍にいてくれることの温かさを根気強く教えてくれたこと。 「全部、ありがと」 「つ、──ンぐッ」  何か言おうとした颯真の口に、残っていた自分のアイスを半分放り入れる。目を白黒させながらも不意打ちの一口をちゃんと味わったらしい颯真の喉がゴクリと動いた。 「……もう、司! 急に人の口にアイスいれちゃダメでしょ! ビックリするじゃんか!」 「あげる。お礼」  最後の一口を頬張って照れ隠しに俯く。 「…………ほんっとに素直じゃないんだから」  やれやれと笑う気配を感じて顔をあげたら、溶けそうなくらいに優しくて甘い顔で笑う颯真とバッチリ目が合って顔が熱くなった。 「司ってば顔赤いよ。酔ったの?」 「酔ってないよ」  からかうように笑う颯真の優しい表情が、オレの顔を更に熱くする。くすぐったくて目を伏せたのに、そっと伸びてきた手のひらがオレの頬を柔らかく包んでくれるのが優しくて、甘えるようにするりと頬を擦り付けていた。 「つかさ……」 「……颯真の手、つめたい……」 「……アイスの器持ってたからかな……」 「きもちぃ……」  思わず溜め息混じりに呟いた一言に、颯真が小さな声で呻く。 「…………司はオレ以外の人とお酒飲むの禁止ね」 「……なんで?」 「酔ってるでしょ」 「だから酔ってないって」 「嘘だよ。……酔っぱらって誰にでもそんな顔されたら……困る」 「ふぇ? ……っン、ふ」  バニラアイスとチョコリキュールの味が残る舌がなんの躊躇いもなく侵入して(はいって)きて、口の中にアルコールの香りが広がる。その香りにクラリと目が回った。 「そ……、ま」  肩にすがった手を取った颯真が気障に手の甲にキスするのが、霞がかった視界の向こうに映っている。気恥ずかしさに体温が上がった気がして、零れた吐息に熱が混じったのが分かった。 「そんな顔……見せたら襲われちゃうんだからね」 「そっ……っ」  そんな物好きいないよと叫ぶつもりだった唇は、またしても颯真に塞がれて呆気なく言葉をなくした。口内を味わい尽くすように這っていく舌と、肩や首筋を撫で下ろす指先に体が震える。  たいして酔っていないと思うのに、クラクラと頭が揺れるのは雰囲気に酔っているせいなのだろうか。それとも本当に酒に酔っているのだろうか。  どっちもかもしれないな、と思いながら這いずり回る颯真の舌を追いかけて、自分からも舌を絡めてみる。いつになく大胆なことをと思いながら、お酒のせいにすればいいんだと考え付いたら気が楽になった。  一瞬緩んだ攻撃は、すぐに勢いを取り戻したばかりか、我が意を得たりと言わんばかりに固い床に押し倒されて興奮で胸が苦しくなる。 「そ、ぅま……」 「そんな表情(カオ)してホントに……絶対ダメだからね」  怒っているのか呆れているのか、それとも颯真も興奮しているのか。  やけにギラギラ光る目と上がった口角は、いつもとは違う表情だ。 「颯真こそ……」 「ん?」 「そんな、かお……誰にも見せちゃヤダよ」  素直に晒した独占欲に、おや、という表情を見せた颯真が満面の笑みを浮かべる。 「当たり前だよ」 「ひゃ、ァッ……ッん、ゃ」  耳元で優しく囁いた唇が、そのまま耳を嬲ってパクリと食べられた。 「そ、ぉっ……やぁっだ」 「嘘」 「や、あだ……ってぇ」 「嘘だよ」 「ンァッ」  決めつける声の後で、芯の入り始めた自分自身をスウェットの上から撫で付けられて腰が震える。 「ほら、気持ちよくなってる」 「ちが……ッ」 「違わないよ。……ねぇ司。素直になったら、もっと気持ちよくなるよ?」 「や……」 「気持ち良くなりたくないの?」 「……ぃや……」 「耳も……首も……うなじも……肩も……」 「ンふっ……ん……ぅく、ン」 「全部、気持ちいいでしょ?」  知ってるんだから、と優しく笑った颯真が、Tシャツの裾をめくり上げて胸に唇を寄せた。 「ここも、……好きになっちゃったでしょ?」 「ふぁッ……ッア」 「それから、ここも……」  おへそを舐めた舌が脇腹に移動して、擽るように這っていく。 「やめっ……そこ、ッ……やぁっ」  ムクムクと膨らんでいくのを止められないまま腰が跳ねて、あからさまに大きくなったソコを颯真の目の前に晒してしまう。 「やだやだ言っちゃって。……そんなに嫌なら、触るのやめようか」 「ぃやッ」 「どっちも嫌なんて、我が儘だね」  意地悪な顔して呟いた颯真が、不意に腰を擦り付けてきた。固くなった颯真の熱が伝わってきて、じわりとどこかが緩んで潤んだような錯覚。 「欲しくない?」 「ずる、い……」 「ずるくないよ。……欲しくないの?」 「……──ほしいよ、いじわる」  完全に拗ねた声が零れるのが格好悪いのに、颯真はやけに嬉しそうに笑った。 「ほんっとに可愛いんだから」 「……また可愛いって言う!」 「しょうがないじゃん可愛いんだもん。……約束だよ、司。お酒飲んでいいのはオレと一緒の時だけだからね」 「分かったよぉ」  そこら中に唇を寄せながらの颯真の言葉に、くすぐったさに気を取られながら適当な相槌を打つ。 「ホントに約束だからね?」  念を押す颯真の声も顔もいつになく真剣で、気圧されたようにもう一度頷いてみせた。 「……約束する」 「ん、よしよし」  ナデナデと効果音つきの優しい手のひらが髪を撫でて、おまけとばかりに額に唇が落ちてくる。相変わらずの気障さに、またポカポカと顔に熱が上った。 「……司、顔真っ赤だね。大丈夫? 頭痛いとか気持ち悪いとかない?」  ふとオレを見下ろした颯真が心配そうに首を傾げる。大丈夫だよ、とモゴモゴ呟いたのに、なんだか頭がフワフワしてきた気がしてキョトンと颯真を見上げた。 「そうま……」 「ん?」 「…………つづき、……しないの?」 「ッ……~~もう、ほんっとに!」 「ふにゃっ!?」  変な声が出た気恥ずかしさを隠す暇もなかった。  噛みつくようなキスと、荒々しく下着ごとズボンを下ろす切羽詰まった手に、わたわたと颯真の顔を見上げることしかできない。 「そっ、ま?」 「せっかく、我慢してたのに……」 「がまん?」 「がっつかないようにって……」 「……なんで?」 「傷付けたくないじゃん」 「だいじょぶ、だよ?」 「……つかさ?」 「がまん、しないでいいよ?」 「つかさ……」  ごく、と颯真の喉が鳴るのが生々しい。  さっき散々煽ってくれたそこにそっと手を伸ばす。 「つか……ッ」 「いいよ?」  さわ、と撫でた手のひらの下でひくりと震えた熱を感じて、また顔に熱が上る。はぁ、と熱い息が零れて見つめた先の颯真が滲んで見えた。 「……たまんないな……」 「そうま……?」 「すんごいエロい。何それ……ヤバくない?」 「……そうま?」 「やばい……オレ別にさ、そういう趣味じゃないけどさ……」 「うん……?」 「すんごい…………征服したいって言うか……めちゃくちゃにしたい」  熱っぽい声が耳元で囁くのに、また腰が震えた。 「…………して、……いいよ」  こわごわ囁き返しながら、きゅっと颯真の服の裾を掴む。 「めちゃくちゃに……して?」 「はん、そく、……だからね!?」  呻いた颯真が首筋に噛み付いてくる。  痛いくらいの強さが気持ちいいだなんて、自分もどうかしているのだと思う。何もかもをお酒のせいにしていいなんて、なんて気が楽なんだろう。  いつもは唇を噛んでなるべく我慢する声も、何も気にすることなく喉から滑り出た。  颯真を誘って揺れる腰も、いつもなら絶対に我慢している。 「……お酒もよしあしだね」  オレの中に侵入し(はいっ)てきた颯真が、なんだか複雑そうな顔で呟く頃には、なんだかフワフワとした幸福感に包まれて、酷く眠くて目が開かなくなっていた。 「そんなことないよ……?」 「司……?」 「いま……すごく……しあわせ」 「……司」 「そうま、……だいすき」 「つかさ……」  頬を撫でる手のひらが優しくて、ふ、と柔らかい息が漏れたと思う。  ──後は記憶がない。  翌朝起きたら颯真がいつものように隣で気持ち良さそうに眠っていた。体はさっぱりしていたから、後始末は颯真がやってくれたのだと思う。  めちゃくちゃにしたい、なんて大胆なことを言われたわりには、結局優しくしてもらった記憶しかなくて痛みや筋肉痛もない。自分も散々煽った記憶も蘇って、颯真はさぞ頑張って我慢してくれたのだろうなと思ったらいたたまれなくて思わず布団に埋もれる。  申し訳なさと自己嫌悪でウンウン唸っていたら、うん? と呻いた颯真が眩しそうに目を開けた。 「あぁ……目ぇ覚めた?」 「……覚めた」 「おはよ、司」  にっこりと笑う颯真はいつも通りに優しい。 「あの……あの……昨日って……その……」 「あぁ……うん。司途中で寝ちゃったんだけどね」 「……ごめん……」 「いいよ。めちゃくちゃ可愛かったから、許す」 「なに、それ……」 「覚えてない?」 「何を?」  いったい何をしでかしたんだろうと半泣きで見つめたら、ムフフと笑った颯真がムギューっと抱き締めてきた。 「こうやってしてくれたの」 「っへ?」 「そうまだぁーいすき、ってさ」 「うそっ!? そんなことっ……」 「……あれ? 司、オレのこと好きじゃなかったの?」 「それはっ……すきっ……だけど!!」 「ならいいじゃん。かーわいかったなぁ、あのときの司」  ふふふ、と笑う颯真の顔は雪崩を起こしたみたいにデレデレに緩んでいる。 「…………オレだって」 「ん?」 「颯真のこと好きだもん」  呟いてハッとする。記憶にない自分に嫉妬するなんて一体何事かとあたふたしていたら、にかぁっとそれはそれは嬉しそうな顔して颯真が笑ってくれた。 「ほんっとに可愛いんだから」
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