狂乱の宴

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狂乱の宴

最初の被害者はドレッドヘアーの男だった。青色のユニホームを着衣している。ナンバーは八番。その選手がお気に入りらしい。大声で永原!永原!と叫んでいるところに急カーブの摩擦音が微かに聞こえた。が、まさかこの人混みに車が進入するとは思えない。無防備に高陽感に満ちているところへ背後から衝撃がドレッドヘアーの男を襲う。ゴン!っと言う鈍い音と共に弾き飛ばされた男は両眼球を放出しながら3メートルほど宙を舞い、地面にいた3人組の女性に叩きつけられる。急な出来事に女性達はパニックになったが、中央にいた26歳の女性は頭部を直撃しており、薄ら笑いした首があらぬ方向に向き、直立のまま即死していた。その姿に同僚女性は悲鳴を上げた。サンシャイン60通りは約250メートルの距離がある。そこが正に田口洋介の狩場と化していた。 田口洋介は、喜悦している。こんな!こんなに倒せるキャラがいるなんて! そうか、ワールドカップか!サッカー様々だな!さっきの男はなかなかだったぞ!さぁ!がんがん逝きますか!「いきゃぁぁぁ!」奇声を発し田口は人混みにノーブレーキで突っ込みを試みる。ゴン!ゴン!はねる、はねる、次々にはねる!その度に車内に、ハンドルに衝撃が伝わる。逃げ惑う群衆、沸き起こる阿鼻叫喚。「気持ちいい~!」田口は感情を声に出していた。罪の意識は全くない。ただ、ただ、このゲームを、スコアをどこまで伸ばせるか、それだけが田口を動かしている。「ターゲットはっけ~ん!」可愛い女性がいた。群衆は既に田口の存在に気付いており、悲鳴を上げ逃げ惑う。その中にいた黄色いワンピースでショートヘアーの女性、それが田口の新たなターゲットになる。「彼女はSランクだぞ!」田口はワンピースの女性を目掛け突進する。蛇行はしない。スピードが落ちるからだ。前方から警官が走って来るのが見える。自分にはあまり時間はないのが何となく感じた。きぃぃぃやぁぁぁ!雄叫びを上げ、田口は黄色のワンピースを狙い、アクセルを踏み込む。人を轢く度、減速するのでいちいち加速しなければいけない。もう、スコアは80は超えているはずだったが、数えるのが面倒くさくなっている。黄色いワンピース~!叫びながらターゲットを眼前まで捉えた時、逃げ惑う人が田口の車前で転倒し、乗り上げる形となった。ゴリゴリと鈍い音がし、振動がハンドルまで伝わる。頭部と腰部を轢かれた男性が車の下部で即死しており、頭部は半分以上がひしゃげた状態だった。僅かにスピードーが鈍ったことで、黄色いワンピースにギリギリ車をかわす時間が生じる。ちっ!と田口は舌打ちするが、引き返す時間はない。もう前後から警官が迫ってきて、銃口をこちらへ向けようとしていた。『ここまでか・・』観念した田口はどう最期を迎えるか考察した。自分はどう報道されるのか。引きこもりが大量轢き逃げ事件だろう。ならせめて、後者が真似できないよう、派手な最期にするか・・田口は覚悟を決め、直進して後50メートル先にある東口五差路をゴール地点と決めた。敢えて警官へハンドルを向け、直進。前方にいた3人の警官は慌てて避ける行動に出た。車内から見て一番左側にいた警官が、かろうじて田口の車、フロントガラスに向け発砲。それは見事に直撃し、ガラスは粉々に崩れた。今まで閉塞的空間にいたことで気が大きくなっていた田口は、フロントガラスが割れ、外界と通じたことで一気に現実に戻された。人と視線が合う。こんなに大勢がこちらを見ている。明確な憎悪嫌悪を込めて。田口はパニックを起こした。「見るなぁぁぁ!」車は蛇行を始め、歩道に避難している群衆へ突進する。ひぃぃぃ!ぎぁぁぁ!群衆から再び阿鼻叫喚が起こる。左に右に蛇行し、轢いた者の血しぶきが車内に飛び顔面に降りかかってきた。フロントガラスがなくなったためだ。「あぁぁぁぁ!」両目に血が入り込み、視界が塞がれた田口はハンドル操作を誤る。東口五差路10.2メートル手前で車はビルに突っ込み、前面大破して惨劇の幕は下りた。時刻は午後11時12分。田口洋介の体は、容姿を留めぬほど損壊していた。
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