現実逃避

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現実逃避

コンビニで暴走車による事故のニュースは、事故後、午後10時30分、事件発生から1時間以内に最初の報道が流れた。心肺停止一名、重傷者二名、。犯人は逃走中ですと。犯人の素性は簡単に割り出され、コンビニから僅か二件先にある田口隆道名義の軽自動車であることが判明した。たちまち田口家には捜査員が立ち入り、在宅中の母親静江に聴取を行う。静江は、隆道はまだ帰宅していないこと、息子の洋介が運転していることを明かした。「まさか!洋介がそこまでのことを・・」事件の顛末を聞き静江は絶句し、被害の大きさを我が事のように感じ、号泣した。素直に聴取に応じ、息子がタバコを買いに車で出かけたこと、それについて指摘したものの無視されたこと、車は緑色であることがわかった。母親からの写真提供、個人の特長も合わせ、情報は後に各警察署に共有される。犯人逮捕に向け、状況を整えた。 田口洋介は逃走している。運転しながら何故こうなったのか自問自答していた。 『タバコを買いに行っただけだぞ。後は車で5秒もかからない距離を戻りゲームするだけだった筈だ。俺は悪くない!誰か知らないが、俺の車の前に出てきた奴、お前が悪いんだ!』車のボンネットは若干凹んでいる。発進直後の事故なので、破損は軽微。まだ見た目には、明らかな事故車と判断できる状態ではなく、これが警察の初動を遅らせる要因の一つとなり、今後の更なる混乱を招いていくことになる。 埼玉県内全域において県警本部から各警察署に一斉検問の通達が発動したのは午後十時十分。事故発生時刻はコンビニの防犯カメラの映像から、午後九時四十八分と断定された。なので22分後の検問指示となっている。容疑者の服装も防犯カメラ、車輌の映像も防犯カメラと、防犯カメラ様々である。埼玉県内、国道の要所要所に各警察署が検問を設置へ。犯人像は検問前にデータを各自ダウンロードし確認となっている。隣接する東京都の警視庁、神奈川県警、千葉県警、群馬県警などにも情報提供及び協力要請が行われた。 当の田口洋介は、都内に向け車を走らせている。道は正直よく分からない。何しろ、普段はニートだからだ。こんなに長距離を運転したのは、大学生の時一回依頼。しかもメーターで八キロが最高。それを遥かに越えている。とりあえず、カーナビに目標地を池袋と設定。国道17号を南下し続けていた。田口洋介の住居があるさいたま市はもう通過しており、事故発生から29分を過ぎた現在、午後10時17分、埼玉県戸田市から東京都板橋区に入ろうとしている。 交通規制課の検問設置作業が国道17号の各所で慌ただしく行われている。県警本部から通達が来て夜間である。日中よりは人員不足の中、暑内に最低限の人員を残しての対応となった。戸田市から東京都に入る際、通過するのが戸田橋。管轄の蕨警察署から7分の距離。ここに検問を設置すべく、瀧田巡査と大平巡査部長、桂田警部が準備を行っていた。到着、作業開始は、午後10時20分である。「桂田警部、マルタイ、通りますかねぇ。」瀧田巡査がパトカーから道路閉鎖のためパイロンを用意。大平巡査部長はパトカーの天上部に検問の電光掲示板をセット中。「さぁな、我々はこれまで通り対象を抑えるべく検問するだけさ。」まだまだ交通量は多く、これから間違いなく検問で渋滞になることは容易に分かる。時刻は午後10時22分。「あと二台通したら始めるぞ。」桂田警部が車内から2人へ呼び掛けた。車内では、犯人の情報確認を行っている。犯人像もろくに分からないまま出動。今やっと詳しい情報を収集中だ。車内に接続しているノートパソコン上に対策本部からのデータが送信され、車のナンバー、車種などの特徴、犯人像など現時点の情報が表示される。 瀧田巡査は白のワンボックスカーの通過を確認。後1台通過させたらバイロンを車道上に設置するつもりだ。その1台が近づいてきた。瀧田巡査が聞いている車輌情報は軽自動車で犯人は男性ということのみである。近づいて来る車は・・軽自動車!色は緑色。運転手は・・男!車の様子は・・大した破損なし・・だった。『小太りの男でグレーのジャージね。』車の情報だけは記憶し、この車輌通過後、車道にパイロンを設置完了。「桂田警部、検問を開始します!」元気よく瀧田巡査は伝える。「こちらも検問表示完了です!」大平巡査部長も合流し、犯人像が桂田警部から説明された。「マルタイの名前は田口洋介。年令は25。小太りでグレーのジャージ姿だ。」プリントされた特徴が配付され、瀧田巡査は顔面蒼白になった。更に警部の言葉は続く。「車種は緑色の軽自動車、ナンバーは○○だ!この情報を」「警部・・」ぼそりと瀧田巡査が言葉を遮る。話の腰を折られたが、桂田警部は説明を続ける。「この情報を」「警部!」「なんだ貴様!さっきから!」警部は巡査を激しく叱責するが、巡査の様子が尋常ではない。泣いているではないか?「どうした、何かあるなら言ってみろ。」警部は感情を抑え優しく聞いてやった。「じ、実は・・」「実は?×2」警部と巡査部長は同時に聞き返す。瀧田巡査は一度頭を下げ、再び顔を上げながら 叫んだ。「最後に通過させた車輌が、車輌が正にマルタイでした!申し訳ありません!」時刻は午後10時24分。まさかの事態に3人の警察官は、数瞬固まった。
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