覚醒

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覚醒

田口洋介は不思議な感覚を覚えていた。人を何人も轢いた。その実感もある。が、何か他人事のような感覚。そう、オンラインゲームをプレーしている感覚だ。目の前にいるのはキャラクターで、人間ではない。あれはザコ、あれはレアといった視点で自ら跳ねにいっている。もうボンネットはボコボコになり浮きあがってきていた。『ここまで17人は轢いたか。』轢いたキャラクターの生き死にはわからない。車の燃料メーターは残3分の1。殺すのに一人も十人も変わらない!罪の意識が全くないので、燃料の許す限り、とことんスコアを伸ばすべく、人混みを選んで大量得点を叩き出そうという気持ちになっていた。後方からはパトカーのサイレンが鳴り響いてきており、接近が近いことが伝わる。『レースのゲームも得意だぜ!』田口は最早、何事につけゲームに例えていた。赤信号で進入してもまだ直進車と軽く接触する程度。クラクションを鳴らされてもお構いなしだ。これまでの自分を遥かに超越した存在になっている。田口は、オンラインゲームの中で無敵のレベルに達しており、神プレイヤーと呼ばれているが、トラブルが多い。常に上から目線でのもの言い、すぐキレる、運営にクレームを言うなど、煙たがれた存在だ。『俺は神』今、現実世界の中で最凶プレイヤーが爆誕した。 埼玉県警の広報からは、登録されている記者クラブのメンバーに対し、担当者からのメールにて轢き逃げ事故があった旨を検問設置指示後、午後10時15分に連絡している。各報道機関が報道するかどうかの判断は、各々に委ねており、最初報道した機関も、他に報道内容が乏しかったから流しただけだ。時刻は午後10時30分。その後、轢き逃げ事件続報の記者会見を行うと10分後に各社へ連絡があった。異例である。余程のことと推測し、ほぼ全社が集まっての記者会見となった。連絡した轢き逃げ事件が凶悪化したことを県警本部から説明。犯人はその後、池袋方面に逃走中。既に10人以上を轢いており、心肺停止は8人と発表され、一同どよめいた。最初の発表は、さいたま市○○のコンビニ駐車場で軽自動車による轢き逃げ事件発生。心肺停止1名、重軽傷2名。犯人は現在、逃走中で終わるはずだった。小さな記事で済ますはずが、事の飛躍が凄まじい。『これは凄いことになる!』各社とも思惑は同じで犯人像を次々に質問していく。逮捕後のことを考え、容疑者の過去情報を多く、かつレア情報を報道できるかで視聴率が変わる。もう既に何社かは田口洋介が通学した学校の特定に入ったり、友好関係の聞き込みを開始した。会見は15分ほどで終了し、各社の記者達は、すぐ緊急報道するための作業に取り掛かった。
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