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美登利大地は頭を抱えていた。 出版社の主催する文学賞に自ら応募し、賞を受賞して書籍化されたのはほんの数ヶ月前の事だ。文学賞を受賞すれば世間的に注目を集めるだけでなく他の作家から一定の評価を受ける事も出来、その後の仕事への足掛かりにもなりやすい。現に今、長編小説の執筆中でこれは来春辺り書籍化される予定だ。 大地は大きなチャンスを掴んでは居たが、その作品は中間地点から全く進んでいない。そしてここまで書き上げたものの、ひどく退屈な話に思えた。 《見えないラスト!有り触れた展開!単調な会話!主人公にも魅力が無い……》 大地は卓袱台上のパソコンを睨みつけて頭を抱えた。白く光る画面左上に点滅して打ち込まれる文字を待つ短い一本のラインが彼をイライラさせる。 「前に書いたの……引っ張り出してここに入れ込むか……」 こんな事で良いのか?せっかく掴んだ夢が目の前で泡のように消えて行く様な喪失感に焦るばかりである。 パソコンのすぐ横にあるタバコの箱を手にしたが中身は空であった。ふと灰皿に目を移すとそこにはこんもりと吸い殻が溜まっている。 「ゔぁーーーーっ!!」 彼は頭をぐしゃぐしゃと搔きむしり床に倒れ込んだ。日当たりの良い畳7畳の部屋にはぎっしり本を詰めた棚、卓袱台1つにペラペラの座布団、そのペラペラの座布団から真後ろに倒れ込んだ頭の先は板の間で台所へと続いている。昔ながらのアパートではあるが趣きがあり、辺りは静かで大地はここが大変気に入っていた。駅から離れてはいるが、家賃が格安と言う所も。 「タバコ……買いいくかぁ……」 時刻は今、午前9時で大地はかれこれ24時間近くパソコンの前にかじりついて居た事になる。パソコンの電源を一旦オフにして灰皿と茶渋と言うかコーヒー渋?の付いたコーヒーカップ、栄養ドリンクの空き瓶を抱え立ち上がり台所へ持って行くとそれらを分別してゴミにまとめ、シンクに溜まった茶碗やコップを丁寧に洗った。 埃のかぶった電気の傘や棚を拭き、床掃除もすると風呂場も磨いた。ここは風呂も古く、バランス釜だ。次にトイレへと向かうと大地はげんなりした。 便器の中には吸い殻が一本浮いていて周りも結構汚れている。いつからこんなになったんだ……大地は呟いた。洗剤をかけブラシで擦り、念入りに掃除する。壁や便座もピカピカになるまで磨くと消臭スプレーを吹きトイレのドアを閉めた。 大地はズボラではあるが元々綺麗好きな方で部屋をこんな状態になるまで放置する事は無かった。それが賞を受賞した途端に身の回りの事に手が付かなくなっていた。それだけじゃ無い。5年程前から付き合っている彼女の事も疎かになっていた。それでも……定職に付かず夢を追いかけている大地をずっと支えてくれた彼女が、今の自分を捨てるハズが無いと大地は勝手に思い込んでいた。
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