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「姉ちゃんの彼氏」
「姉ちゃんさあ。彼氏出来たの?」
弟の雄馬の突然の問いかけに玲子はうろたえた。
食卓を囲んでいた父と母がチラリと玲子に視線を向けたが何も言わず箸を動かし続けている。
「そんな訳無いでしょ。もうじき転校するのに」
「だよなあ……」
母に茶碗を突き出しておかわりを催促しながら雄馬は屈託なく笑う。
今朝は玄米ご飯なのだが、育ち盛りの真っただ中の雄馬には白米だろうと玄米だろうと変わりはないようだ。
弟の言葉に内心玲子は激しく動揺していた。
(別に動揺する必要なんてないんだ。断ったんだし)
自分の動揺に、ほかならぬ玲子自身が動揺している。
(それにしても。雄馬何処でそんな噂聞きつけたんだろう)
皿に盛られた目玉焼きの黄身を潰しながら玲子は想いを巡らす。
ーーーーー
「嘘じゃねえよ。姉ちゃんが言ってた。図書室の前で告られてたのお前の姉ちゃんだって俺の姉ちゃん言ってた」
そう友人に聞いたのがつい昨日。
半信半疑で姉に聞いたが、姉の反応に僅かに違和感を覚えた雄馬は好奇心も手伝って探りを入れる事にした。
ーーーーー
母親同伴で喫茶店とか、クラスメートに見られたら雄馬にとっては切腹ものだが。
「チョコレートパフェが食べたいー」とごねて情報収集に赴いたのは大人にも子供にも自在になり得る中学生の特権だ。
辛うじてまだ中学生の雄馬は体格は高校生レベルなのだがそこは息子振りをブリブリ言わせて押し通した。
母親にとっても、母になってからは容易に立ち寄れない喫茶店に行けるとあって最初こそ首を傾げて見せたが、友人に電話をしてからは寧ろホクホク顔で父に「どうしても雄馬が行きたいって言うから」そそくさと洗い物を澄ますと洗濯物を干し、化粧を始めた。
明らかに息子をだしにして友人も誘って息子そっちのけで別テーブルで友人と歓談している。
あっという間に母から女性に戻った母が女子会に没頭したのをいいことに雄馬は周囲の観察を始めた。
友人から仕入れた情報では、姉に告った2年男子はこの喫茶店に良く立ち寄っていると聞いたし、おおよその風貌も聞いてある。
待つことしばし、階段を上ってくる気配に入り口に目を向けた雄馬は、ドアを開けて入って来た人影に当初の目的を忘れてしまった。
染めている訳でもなさそうなナチュラルな茶髪のボブカット。
滑らかな顎を僅かに覆う細い髪が柔らかそうな首筋を覗かせ無防備な中学3年生の脳を焼き払う。
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