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コマチは部屋に戻ると、残りの短歌を詠い続けた。
少しでも別のことを考えると、神さまと繋がっていた意識がプツリと途絶えてしまうことと戦いながら、短冊に短歌を綴っていく。
この仕事を知るまでは、神社でひいたおみくじの結果に一喜一憂したものだ。吉が大きければ大きいほど良いことが起こると跳び跳ねて喜び、凶が出れば悪いことが起こると肩を落として悲しんだり、吉が出た友人を羨んだりしていた。
どのような結果が出ても、コマチはひいたおみくじを御守りがわりに、大切に持ち歩いていたが、その内容は幼い頃に忘れてしまっていた。
「ふじのはな、すだれふじより、はぐれたり、ときへてさきて、たもとながるる」
詠唱京において藤の花は、縁起のよい植物とされており、すだれのように連なって咲くすだれ藤は、子孫繁栄を意味するといわれてきたため、浴衣や着物の柄に用いられて来た。そこから一輪の藤がはぐれてしまうことはよくないことだが、時を経て自分の手元にやって来る。
悪いことでも、待てばやがて良いことに転じて福をもたらす。幼い頃のコマチはそう考えていた。
まさか、そんな自分が短歌を詠む仕事に就くとは、夢にも思っていなかったのだ。
「やっと終わった」
コマチは畳の上に体を預けて、仰向けになる。
短歌は好きだが、この仕事をいつまで続けられるのか、不安になってくる。石の上にも三年。桃栗三年柿八年というが、気の遠くなるような話だと思いながら、眠りに就いた。
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