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藤花祭の晩。
昼間から激しく降った雨の影響で、開催は心配されたが、夕暮れ時に退いたので開催された。詠唱京のウタウタイの社の周りにはさまざまな屋台が並び、庶民たちが列を為している。
社で睦月の元旦から、師走の大晦日までの短歌を詠い終えた歌占職人たちも、おみくじ屋の屋台を準備し終えたようだ。
「勝ち虫だわ。今年は良いことがありそうね」
ツブネは屋台の廻りを飛び交う勝ち虫を眺めてそう言った。卯月にヤゴとして生まれた勝ち虫の幼虫は藤花祭の季節に成虫し、羽根を乾かすと言われている。
「雨宿りしていたネコも、おこぼれに預かろうとしているみたいです」
ノラネコたちが屋台に並ぶ庶民たちの廻りを彷徨いているのを見て、コマチは指差した。
「占いやまじないをしてくれるというのは、この店か?」
おみくじ屋の前に、一人の男性がやって来た。詠唱京の庶民が着るジンベエを羽織っているので、貴族ではないようだが、庶民にしては端正な顔立ちをしている風貌の男だ。
「占いやまじないの類ではなく、うちはおみくじ屋ですが。どうかなさいましたか?」
コマチは男にそう訊ねた。
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