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「歌占職人は藤花祭の晩に、社の参拝者に短歌を配るのが主な仕事です。ですから前日までに詠唱京の人数分の短歌を詠みあげなければなりません」
ツボネは説明しながら、短冊の束を作業台の上に置いた。三十枚ほどの束が十二個ある。
「こんなに詠み上げるんですか?」
「睦月の元旦から、師走の大晦日まで各自が干支別に別れて詠み上げます。一つずつ詠唱京のひとびとが持ち帰ったり、社の樹木の枝に結んだりします」
「短歌が気に入らないから、もう一度引きたいとか、捨てられた場合は、どうすれば良いんですか?」
「お断りなさい。歌占職人の短歌は、神さまからのおことば。短歌のひきなおしや、捨てるということは、神さまに対して失礼なふるまいです。ほかに質問はありませんか?」
「私たちが詠みあげた短歌は、庶民をはじめ武将や、王族の方もひかれるってことですよね。そのひとたちの短歌は特別なものにした方が良いんでしょうか?」
「全て同じように詠い上げなさい。短歌には身分や地位の違いはありません。ほかに質問がないなら、作業にとりかかりましょう」
ツボネは台の上に、墨汁が入った硯と筆を置いた。
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