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「…おじいちゃん?」
心配になって顔を覗き込むと、祖父は少し驚いて私に視線を戻した。
何かは、分からないが。
祖父は祖父で、キャンディに対して、何か思うところがあるのだと、感じた。
「…大丈夫? 傷が痛むの?」
「いや…大丈夫だ。それよりも、明子…」
真剣な面持ちで、少しためらいながら、苦笑交じりに祖父は続ける。
「あの子のことだが…家内にも、わしから話をしておく。まぁ、そんな心配そうな顔をするな。さっきも言ったように、口出しはするが、お前の決めたことを無理にどうこうするつもりはない。家内にも、きちんと話をしておく。それでな…」
「うん…」
「あの子の写真を、家内にも見せておきたい」
「写真?」
言われてみれば当然かもしれない。祖母を説得するにも、キャンディがどんな子かを知ってもらうには、写真を見せるのが手っ取り早いだろう。
それにしては、祖父の複雑そうな表情をしている。口にした言葉に、迷いや後悔さえ見える。
「本当に、大丈夫…? もし、何か言いたいことがあるなら…」
「いや、すまない。ちょっと、考え事をしていただけだ」
「それって、キャンディの事…?」
「……」
祖父の沈黙は、肯定だった。
やっぱり、私たちが一緒に居ることに、反対なのだろう。常識的に考えれば、当たり前だ。まだ小さな子供を、未成年の私が引き取るなんて、誰だって反対する。私だって、立場が違えば、もちろん反対しているだろう。賛成するほうがおかしい。私自身、いつまでも一緒に居るわけにはいかないと、初めのうちは考えていた。キャンディには、いずれ帰るべき場所がある。学校にも行かせないといけない。いつかは…と、そう考えていた。
今だって、キャンディが望むなら、いつでもそうするつもりだ。彼女が、帰りたいと言えば、その時は帰るべき場所に返してあげるのが、一番なのだ。どんなに寂しくても、私のワガママで、小さな女の子の人生を台無しにするつもりはない。
いつかは…。いつかは…そんな別れが、待っている。私だって、それくらい分かっている。
そんな…私の気持ちを、どう言えば伝えることができるのか。
言葉を探していると、祖父の手が、そっと私の頭に触れた。
慣れない感触に、少し驚く。気まずそうに微笑む祖父。遠慮がちに伸ばした手が、ゆっくりと離れてゆく。
「すまないな。お前を落ち着かせようと思って…触られるのは、嫌だったか?」
「…ううん。ちょっと、驚いただけ。その、久しぶりだったから…」
子ども扱いされたようで、少し恥ずかしかったが、嘘ではない。最後に、こうしてもらったのは、いつだっただろう? 父が生きていた頃、中学に上がって以来だっただろうか…? 父のことは、嫌いではなかったのに、意地張って距離を置いて…思い出すと、自己嫌悪に陥りそうになる。
「…だから、そんな顔をするな。お前を責めているわけでも、怒っているわけでもない。お前のしたことは、絶対に悪いことではない。そう、伝えたかっただけだ」
「…本当?」
「ああ。もちろん、全面的に賛成しているわけではない。あの子は人間だ、ペットのようにはいかない。とはいえ、無理に帰すわけにもいかないだろう。正直、わしもどうするのが一番かなんて、分からない。そのことも含めて、家内と相談するつもりだ。だからな…口出しはするし、お前も何かあればすぐに言え。分かったな?」
「…はい。ありがとうございます」
「だから、そんなに遠慮するなと言っているのに…とんでもないワガママを言ったかと思えば、すぐこれだ。全く…」
「ご、ごめんなさい…。でも、本当に、ありがとう…」
「わしはまだ何もしていない。だから、そんな堅苦しい真似はよせ」
祖父の苦笑につられて、私も少しだけ緊張がほどけた。
祖母の名前が出ると、やはりどうしても気になってしまうが、黙ったままでいるわけにはいかないだろう。むしろ、隠せば隠すほど、祖母の逆鱗に触れるのは間違いないのだ。私以上に、祖父はそのことを心得ている。
「写真だけど…前にケータイで一緒に撮ったのくらいしかなくて…ちゃんとプリントしたものが必要かな?」
グレイを手のひらに乗せて、互いに撮り合いっこした時の写真。
ぎこちなくだけど、バスケットケースという巣の中で動き回れるようになって、私たちは嬉しくて嬉しくて、記念写真まで撮ってしまっていた。
「…いや、これで十分だよ」
手のひらに雛ツバメを乗せて、微笑む少女の姿をじっと見つめて…祖父は、ぽつりと言った。
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