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一章 「マイ・リトル・ガール」
穂波明子。
少し遅れたが、それが私の名前。
市内の高校に通っている、二年生。
家族は、居ない。両親は、二人とも他界している。
母方の祖父母が、保護者になってくれているが、お二人は遠い田舎に住んでいる。素直に身を寄せるべきなのかもしれないが、両親との関係があまり良くなかった過程、私とも面識は少ないので、熱心に一緒に暮らそうとは言われていない。
幸いなことに、両親の遺してくれた家と遺産で、高校を無事に卒業するだけの余裕はある。その先は…分からない。学校とも話し合っていくのだろうけれど、あまり考えたくないのが現状だ。
この先、どう生きればいいのだろう?
当たり前が終わったその瞬間、独りぼっちの生活が始まった。小学校や中学校のころは、多くはなくても友達が居たのは本当だが、今はクラスメイトとどう接すればいいのかさえ、まるで分からない。話している言葉そのものが、よく分からない。
独り、私は教室の賑わいの中、座っている。
イジメを受けていない理由は、たぶん、身長のおかげ。
175センチ。特別な運動はしていないが、生まれつき女子の平均身長より高く、並の男子よりも背が高い。時々、軽い嫌がらせを受けても、本気で怒らせるような行為にまで至っていないのは、両親の事情もあるかもしれないが、昔から、身長のおかげ。
…ともかく。そうした個人的な事情もあって、私はキャンディと暮らしている。
といっても、合法ではないので、場合によっては『誘拐』という形になるのかもしれない。
キャンディは、「明子は誘拐犯じゃないよ、だから大丈夫」などと大ウケしていたが、正直信用できない。都合が悪くなったら、私を誘拐犯に仕立て上げて、警察に引き渡すかもしれない。それくらい、キャンディは平気でやってのける。泣いて同情を引いて簡単に私だけを悪者にする。短い付き合いだが、なんとなくその手口は読める。
しかし、キャンディも警察には保護されたくないらしい。警察と関わりたくない…というよりは、両親や親類など身元を探されて引き取られたくない、あるいはどこかの施設に預けられたくない、といった様子。だから、私からキャンディを突き放さない限り、私が誘拐犯としてキャンディに売られる心配はない…はずである。
とはいえ、高校生の私が、まだ小学校低学年くらいの女の子を引き取って、世話をするのは色々と問題がある。生活面はもちろんだが、なにより学校だ。キャンディも、本当ならどこかの小学校に通っていなければいけないのに、自分のお家に帰って自分の通っていた学校に行きたい、という素振りは全くない。むしろ、何を心配しているのか分からない、といった態度である。
「でも、お勉強くらいはしたほうがいいわよ」以前、キャンディと話合った時のことだ。「まぁ…学校に行きたくない、という気持ちは分かる気もするけど…ちゃんと卒業しないと、後が大変なんだから。私だって、学校に行きたくなくても、高校くらいは卒業しないといけないって、思っているし」
「へーきだよ。キャンディ、勉強なら明子より出来るもん」
「そういう話じゃなくて…」
「じゃー、嘘だと思うならそこの問題集、貸してよ」
私の苦手な化学の問題を、彼女は難なく解いてしまった。しかも、合っている…。
「だからー、キャンディのことは気にしなくていいの。明子は、ちゃんと学校出たほうがいいと思うよ。高校くらい卒業しないとー、就職とか、大変だし」
「わ、分かってるわよ…!」
恥ずかしさと、キャンディの得意顔で、その話は終わってしまった。
私は、ちらりと教室の窓から外を見る
グラウンドの外れ、野良猫とじゃれている少女を見つけてしまう。
キャンディ。
結局のところ、私は彼女について、その名前しか知らない。それも、本名かどうか非常に怪しい呼び名。まるで西洋人形のような名前の通り、整った顔立ちと大きな瞳。けれども、長く伸ばした髪と瞳の色は、艶のある黒色。
ただの子供でない、ということくらいは、鈍い私でも分かる。
では、何者なのだと聞かれても、皆目検討もつかない。
幽霊でも妖怪でもない。ちゃんと生きた、普通の子供だ。好き嫌いはするし、テレビを見て笑ったり怒ったりするし、本や漫画を読んで頷いたり文句を言ったり、一緒にゲームもしたりするし、睡眠にいたっては一緒じゃないと寝たくないと駄々をこねる。
ただの、元気で繊細な女の子だ。
もし、他の子供と何か違う点があるとすれば、それはひとつ。
なぜかは分からないけれど、キャンディの気持ちと、空模様は同調している。
今みたいに機嫌が良い時には、空は晴れ渡り。
悲しい気持ちに陥ると、雨が降る。
偶然、かもしれないが。
私は…そう確信している。
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