二章 「飛べないツバメの子」

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二章 「飛べないツバメの子」

 ……雨?  急に暗くなった教室の窓に気づいて、私は顔を上げる。  桜が散って間もないこの頃。いまひとつ当てにならない天気予報。急な雨そのものには、誰も疑わなかったが、不満の声はあがる。  今は六時間目。もうすぐ、下校時間。傘の用意をしていなかったクラスメイトたちがざわめき、静かにしなさいと注意する教員も、やはり視線は空に向けられる。  みんな、帰り道、雨に濡れることを心配しているのだろう。  だけど、私には別の心配があって、窓から目を離せなかった。  キャンディ。  私は、少女の名前を心で呼ぶ。  奇妙な縁から、一緒に暮らすこととなった少女。  彼女の名前は、キャンディ。  本名も、年齢も、出身地も、両親も、通っていた学校も、何もかも不明な、小さな女の子。  いつかは、本当の両親や、どこかの施設へ帰さないといけないと思いながらも、彼女がそれを嫌がるため、流されてしまっているのが現状だ。  私が、なぜ雨を見て彼女を思い出したのか。  それは、この雨がキャンディの心そのものだからだ。  偶然かもしれないし、馬鹿げていると自分でも思うけれど。  彼女が喜ぶと、空は晴れ。彼女が悲しむと、空は泣く。  雨は、今も静かに降り続いている。  きっとどこかで、今もキャンディが泣いている…。  …キャンディ。  終業のベルが鳴ると、私は彼女を探して図書室に向かった。  私にくっついて、学校にまでやって来るようにまでなった彼女。さすがに授業にまで顔を出すのは止めてくれたが、その間、彼女は独りで校内を自由に動き回っている。グラウンドの片隅で野良猫と遊んだり、小腹が空いたら学食でお茶をもらい、眠たくなったら中庭の木陰で休んでいる。最近のお気に入りは図書室で、漫画から専門書まで片っ端から目を通している。図書委員の子とも、いつの間にか親しくなっていて、本のセレクトなどしている。もはや、誰も彼女が学校に居ることに、疑問を持たなくなってしまっているのが、現状だった。  ともかく、この雨だ。グラウンドでも中庭でもないだろうし、学食も閉まっている。私は真っ先に図書室を目指し、中を開けたが、誰も居ない。  …いや、居る。  図書委員の子が本の整理をしていた。  ほとんど物音を立てず、黙々と作業していたので、すぐには気づかなかったのだ。 「あの…安部さん」  名前を呼ばれて、ようやく彼女は反応する。 「キャンディ、知らない? ほら、最近ここに来ている小さな女の子」  彼女は無表情に首を横に振る。  そして、作業に戻る。  悪気はないのだろう。実際、彼女は誰に対してもこうなのだ。  …それにしても、授業が終わって真っ先にやって来たというのに、彼女はいつからここに居たのだろうか?  図書室を出ようとする私の肩を、安部さんが掴む。 「…ツバメの巣」 「え?」 「旧校舎の裏手」  あまりに唐突な言葉だったので、キャンディの居場所を教えてくれているのだと理解するのに、数秒かかった。 「…分かった。ありがとう」  こくりと頷き、彼女はまた作業に戻る。
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