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人間初日
目覚めた時、まず見えたのはカモメだった。黄色いくちばしと、丸くて黒い瞳が、こちらを向いている。
人魚姫は驚き、両手で地面に押すようにして、急いで身体を起こす。すると、カモメは羽をバタつかせて、空へと飛んでいった。
先端だけが黒くなった、白い風切羽が、空から落ちてくる。まるで、海の中のプランクトンのように。
…空?
自分の身体を見る。胸だけを貝殻で隠した、いつもの格好。
だが、下半身はいつもと違う。鱗のついた尾ひれじゃない。これは足だ。
触って確認する。…足だ!本物の足だ!信じられない!
すぐそばに、スケボーも落ちていた。人魚姫はスケボーを大事に抱え、周りを見渡す。
砂浜だ。波が寄せては引いていく。太陽がさんさんと降り注ぎ、暑いくらいだ。
海の中のように体勢を整えようとして、砂浜に倒れてしまう。
…立ち上がることさえ出来ないなんて。
人間になることはできた。だが、これからどうしたらよいのだろう。
人魚姫はスケボーを抱きしめ、ため息をついた。…その時。
「そ、そのスケボーはっ!」
人間の男の声。びっくりして、声がした方に目を向ける。
海パンを穿き、浮き輪を小脇に抱えた若い男性。こんがりと焼けた肌、短くツンツンと立った黒髪。眉が太くて、活発そうな顔をしている。
「オレのじゃねーか!」
スケボーの裏面に書かれている、サイン。そのサインを指差し、その男性は叫んだ。
事態が把握できず、人魚姫が混乱していることに気づいたのか、男性は慌てて釈明し始める。
「いや、ここに、『加藤 信二』って書いてあるだろ。これ、オレが書いたものだよ!
あ、オレは、高校生探偵でも、秘密組織にも属していない、フツウ高校生の加藤信二だ。漢数字の二が入っているが、一人っ子なんだぜ!
よろしくな!」
信二は手を差し出す。白い歯の見える、眩しい笑顔で。どうやら、握手しよう、という意味らしい。
人魚姫はおずおずと、スケボーの影から右手を差し出そうとした、その時。
信二は、何者かにサッカーボールのように蹴られ、砂浜の向こうに飛んで行ってしまった。
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