3.

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「本宮サンもカップ麺とか食うんだ」 結局、店長に押し切られ、買い物を終えた陽太は栗橋と一緒に店を出た。 彼は、いつもと変わらないボソボソとしたぶっきらぼうな口調で、なんてことはない話題を口にする。 「ええ?そりゃ食べるよ…俺、何食べてるイメージなの?」 陽太がそう答えると、栗橋は少し笑った。 仕事中ではない陽太がタメ口をきいてくれたのが嬉しかったのか、それともそんな抗議が可愛かったからか。 「アンタはスナック菓子とかで生きてそう…ポッキーとか、リスみたいにずっと齧ってるイメージ」 「何、そのイメージ」 陽太も、やっと笑うことができた。 さっきから、掴まれた顎はまだ痛いし、怒鳴り散らされて竦んだ気持ちは全然立て直せていなかったが。 「ポッキーは好きだけど、いくらなんでもそれはなくない?」 笑いながら、栗橋を見上げると。 彼は、笑顔をスッと引っ込めて目を逸らす。 あれ?俺なんか変なこと言ったっけ? 陽太は少し焦った。 助けて貰った上に、送ってくれている相手を、不快な気持ちにさせてしまっては申し訳なさ過ぎる。 「ごめん、あの……」 しかし、何に対して謝っていいのかわからず、陽太は口ごもった。 栗橋は、不意に見せられた陽太の笑顔に照れただけだ。 もちろん、怒ったわけでもないし、不快どころか嬉しくて舞い上がりそうなぐらいだったのだが。 しかし、基本的に素直で単純な陽太には、そういう栗橋の男心は全く伝わらない。 そもそも、常に一緒にいる鷹城が、そういう日本人的な奥ゆかしさというかシャイさというか、そういう部分が全くなく、感情を全面に押し出して伝えてくるタイプだから、余計になのかもしれない。 困惑して黙ってしまった陽太を見て、栗橋も眉間に軽く皺を寄せる。 彼は、何か言おうと口を開き、しかし上手く言葉を見つけられなかったのか、また閉じた。 そして、突然立ち止まる。 栗橋が立ち止まったので、陽太もつられて足を止めた。 夏の訪れを告げるようなやや生暖かい風が、赤く染まり始めた時間の遅い夕暮れの中をゆっくりと吹き抜ける。 彼は、そのままマンションのエントランスへのアプローチにある植え込みの柵にもたれて、背中のギターを下ろした。 そして、おもむろに弾きながら歌い始める。 オリブルの曲だ。 しかも、その曲は。 鷹城が陽太だけのために、と作ってくれた、だけどいろいろあって、結局アオイが歌うことになった曲だった。 胸が痛むほどにせつなく美しいメロディに乗せて、想いを寄せる相手に恋い焦がれて、苦しいほど焦がれて、そのひとが欲しくて欲しくて堪らない、そのひとをいくら貪っても足りることがない、という想いを切々と歌う、鷹城から陽太へのこれ以上ない究極のラブレターのような一曲。 陽太は、鷹城が弾き語りをしてくれたその曲が入ったメモリーカードを、今も大事に持っている。 こっちに来て同居してからは、常に鷹城が側にいたから聴くことはなかったけれども、それでも、大切な大切な宝物だ。 その曲を、突如栗橋が弾き語り始めて、陽太は戸惑った。 栗橋は、しかし、歌いながら陽太をじっと見つめている。 歌に乗せて、恋心を告白されているのだ、とニブイ陽太にもわかるぐらい、その視線は熱い。 赤く染まる風景の中、いつも淡々としているその高校生は、ギターを弾いているときは別人のように情熱的で、なんとなく幻想的だ。 陽太は、胸が痛んだ。 そんなに切々と歌ってくれているのに。 今そこで歌ってくれているのが、鷹城ならどんなによかっただろうか、と思ってしまうのだ。 だって、その歌は。 鷹城の指が、唇が、その熱が。 陽太の身体の隅々までを欲しがり、暴き、狂わせる。 そうやって、産まれた曲だ。 鷹城に愛され、愛し返す、その濃密な行為の全てを、身体が思い出してしまう、そんな曲だから。 迫ってくる夕闇が、陽太の中のさみしさを更に煽る。 そうでなくても、鷹城と距離を感じて不安を覚えていたところだ。 そこに、よく知らないおじさんに怒鳴られて襲われて、身体こそ何もなかったけれども、メンタルを酷く削られて。 たった一日会えないだけで、こんなに情けないぐらいにボロボロになるなんて。 陽太は、知らず、涙を零していた。 こんなんじゃ、鷹城が離れていったら、自分はどうなってしまうのだろうか。 こんなの、重すぎて、ヤバすぎる。
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