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それからライブの当日までは、それまでと同じように栗橋が客として店に足を運び、また同じように鷹城がバイト先まで迎えに来て、陽太は大学にもバイトにもきっちり行く日常を過ごしたが。
その日のライブは、この前と違って高校生に限定されていない割と大きめのイベントのようで、ライブハウスは入場前から、前回よりも更に人で賑わっていた。
「陽太くーん!久しぶりっ」
陽太は、入口付近でそう声をかけられたけれども、その相手が誰か全くわからなかった。
スラリとした長身のその男は、七三にキッチリ分けられた黒髪に、黒ブチのやたらに度のキツそうな分厚いレンズの嵌まったメガネをかけている。
今時、そんなメガネ売っているのだろうか…というネタのようなメガネだ。
更に、怪しげな黒いマスク。
出逢ったときの鷹城といい勝負の、とにかくなんか怪しいとしか言い様のない男。
「え…えっと……?」
「やだなぁ、俺のこと忘れちゃったの?あんなに俺のこと熱烈に愛してくれていたのに…」
男は両手を揉み絞るような仕草をして、悲しげに言う。
陽太は焦った。
「えっ、えっ…?!」
「いい加減にしろ、碧。その格好でわかるわけねえだろ…つか、わかるような変装じゃ変装の意味ねえし」
陽太の隣で、鷹城が呆れたように肩を竦める。
「そもそも、誰が誰を熱烈に愛してたって?」
んな事実ねえだろが。
「えーっ?陽太君はオリブルを熱烈に愛してくれてるじゃん?てことは、オリブルの顔と言えば=俺だからさ、俺のこと愛してくれてんのと一緒じゃ~ん」
「えっ、あっ、アオイ?!」
顔はほとんど判別つかない状態だけれども、その声は紛れもなく、Oriental Blueのボーカルである、鷹城の双子の弟のアオイだ。
陽太は、なんでここにアオイが突然現れたのかわからず、呆然としてしまう。
「やっと気づいてくれたの、つれないなあ……俺、陽太君の義弟みたいなモンなのにぃ」
「おっ…おとうと?」
「だってセージの配偶者でしょ?ってことは、陽太君は俺の義理のお兄ちゃんじゃーん?」
なんか、義理の兄弟って禁断ぽくて萌えだよねー。
それもこんな可愛いお義兄ちゃんなんて、ヤバすぎ。
そんなことを言いながら、陽太にベタベタ触ろうとする手を、鷹城が苦虫を潰したような顔で払い退ける。
「マジでウゼェ。つか、お前は呼んでねえのになんで来たんだよ」
「だってさぁ、セージが世代交代の波がキテるとか言うからさー、俺だって今の若いコたちがどんなモンなのか聴いてみたくなっちゃうじゃん?」
どーしても生で聴きたかったんだよー。
ビン底眼鏡の奥で、キラリとアオイの瞳が光る。
その瞳に、軽い口調とは裏腹の、プロのミュージシャンとしての厳しい色を一瞬浮かび上がらせたけれども、それは分厚いレンズの向こうに隠れて誰にも気づかれなかった。
「別にいいけど、身バレだけは勘弁しろよ?」
俺はともかく、陽太にメーワクかけるようなことすんなよ?
「うっわ、聞きました?あの自由人のセージが、散々勝手なことしまくって生きてる男が、どの面下げてメーワクかけるななんて言うんだろ?もう、ホント、陽太君に骨抜きなんだ…やだわぁ、アツイアツイ」
「うっせぇな、もう、とっととアッチ行ってろ…俺たちのデートの邪魔すんな」
シッシッと手を振られ、アオイはヘーイ、と流すような返事をして肩を竦める。
「また後でね、陽太君」
アオイは一人で来たわけではないらしく、人込みの中をすり抜けてどこかへ去って行った。
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