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「陽太?こんなとこに、痣できてる」 下顎のあたりに、うっすらと赤紫色の痕。 鷹城がつけたキスマークではない。 最近、忙しくしていたから、痕が残るような行為はしていなかった。 唇にはそこそこ濃厚なキスもしていたけれど、その他のところに降らせるのは軽いキスだけに留めていたはずだ。 というか、その痣はそもそも、キスマークとは大きさが違う。 それは、まるで……そう、指の痕みたいな。 「え…?」 「こっち側もか…これ、こんなところ、ぶつけたわけじゃないよな?」 反対側も確認して、鷹城は、一気に顔を険しくした。 「君の可愛い顎に、こんな痕を残したのは誰だ?俺のいない間に、何があった?」 身体を重ねていなくても、陽太の身体のことは隅々まで確認している。 黒子の数から、ちょっとした肌荒れ、虫刺されの有無、爪の伸び具合まで、まるで母親が生まれたての赤ちゃんを観察するかのように、それこそ執着が強すぎて重いと引かれるぐらいに。 鷹城としては、極端な話、陰毛の数まで数えたいぐらいなのだが、そこは数えていると目の前に広がる絶景にコーフンしてしまい、数えきる前に他のことを色々したくなって、いつも断念する羽目になるから、最後まで数えきったことはない。 たとえ陽太が男にしては体毛が薄いたちで、数えるのがそう困難ではなさそうなのだとしても。 いつかは制覇してやる、と心に誓っている。 なんなら、それが生え変わる毛周期まで知っておきたいぐらいだ。 そう、重いというのはこういうことをいうのだ。 仕事で忙しくしてるからさみしい、なんてどこらへんが重いと言うのか。 カラフルでフワフワな綿菓子のように、甘くて軽いものでしかない。 鷹城の陽太への執着を語り始めると脱線しまくってしまうので、このへんで留めておくけれども。 陽太は、鷹城にしては珍しい、少し険しいレアな顔を前に、昨日の出来事をまざまざと思い出してしまった。 掴まれたとこ、痣になってたんだ。 怒鳴り散らされた恐怖が悪夢のように蘇って、強く顎を掴まれた生々しい感触が痣とともに刻まれてしまったような気がして、思わず、自分の顎を撫でる。 小さく身体が震えた。 自分を抱いてくれている、鷹城の体温になるべくくっつけるように身体を寄せる。 そのひとが心配するだろうと思ったから、襲われたことはあえて自分から言うつもりはなかった。 でも、彼には何もかもあっという間に見透かされてしまう。 陽太が泣いていたことも、不安がっていたことも、そして、こうして襲われたことさえも。 全てを見守ってくれているという安心感みたいなものと、何も隠し事ができないという開き直りのような気持ちとが混ざり合いながら沸き上がってきて、陽太の怯む心を少し奮い立たせてくれる。 陽太は、鷹城の腕の中で、身体を縮こめるようにして、昨日の出来事を話した。 買い物に行ったら常連客に絡まれたこと。 その客のあしらいを間違えて、無理矢理口を犯されそうになったこと。 たまたま買い物に来ていた栗橋に助けられたこと。 マンションまで栗橋に送って貰ってしまったこと。 鷹城は短く相槌を打ちながら、黙って陽太の話を聞いていた。 途中、何度か額に青筋が浮かび上がった――もちろん陽太に対してではなく、愛しいひとを傷つけた相手に対しての怒りだ――ものの、そこは可愛い恋人がトラウマになりそうな体験を、あえて一生懸命話してくれているのだから、と鋼の自制心で堪えたわけだ。 そして、全部聞き終わってから、彼はまずは恋人の身体をもう一度キュッと抱き締めた。 「怖い思いをしたんだな、側にいられなくて悪かった」 震える背中を落ち着かせるようにゆっくり撫でる。 「ここも、痛かったな」 俯く顎を上げさせて、唇でその薄い痣をなぞった。 「まだ痛む?」 「もう痛くない、です…言われるまで、痣になってるなんて気づかなかったぐらいだし」 「That’s not what I meant…」 鷹城は、何度か唇でその痕をなぞって、それから、今度はペロリと舌を伸ばして舐める。 「物理的な痛みはなくても、気持ちが痛んでる」 だから、震えてるんだよな、俺の大切な宝物は。 「手当てしてもいい?」 君のそのトラウマを、残さず上書きしてあげる。 怖い思いをしたけれど、その後でたくさん愛されてとっても気持ちよくなった、そこまでがワンセットで記憶に残るように。
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