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鷹城は仕事の山を超えたらしく、陽太にはまた代わり映えのない日常が戻ってきていた。 学校に行き、帰ってくれば鷹城が待ち構えるようにしてそこにいる。 他愛のない話をしたり、ゲームをしたり、楽器を弾いたり、時には少しイチャイチャしたり。 一緒に夕飯を作り、また他愛のない話をしながら一緒に食べる。 陽太のバイトがある日は、バイト上がりの時間には必ず鷹城が迎えに来て、手を繋いで一緒に帰った。 陽太は預かり知らぬことだったけれども、今回のことで、鷹城は当面の間、仕事を、陽太が学校に行っている間に片付く量にセーブすることにした。 元々彼は、オリブルの曲のみを気まぐれに作っていたのだが、最近は事務所から頼まれて他のアーティストに楽曲を提供したり、テレビ番組のテーマ曲を作ったり、映画音楽を手がけたり、と活動の幅が広がっていて。 鷹城に言わせれば、それは陽太が傍らにいてくれるから、溢れてくる音楽を形にするといくらでも仕事ができてしまうだけ、なのだそうだが。 ただ、オリブルの曲だけを作っていたときと違い、融通がきかない場面が多々出てくるようになっていたから。 彼にとっては、音楽は陽太と一緒にいれば勝手に溢れてくるもの、で、それを世間に発表するかしないかはどうでもいいことなのだ。 とめどなく生まれてくるメロディは、陽太とだけ楽しめればそれで十分。 しばらくは、陽太との新生活を安定させることに労力を使うことが最優先事項だから。 鷹城が仕事をセーブすることにしたなんて、陽太はまるで気づいていないし、気づかせるつもりはもちろんない。 これまでどおりオリブルの曲は作り続けるし、新規の大きな仕事を受けなくするだけで、今手がけているいくつかの仕事は継続するつもりだから、気づかれることはないはずだ。 それが、鷹城のやや常識を逸脱している粘着な愛情の現れの一部で、その重たい執着に比べれば、陽太の小さな独占欲なんて本当に可愛らしいものでしかないと言えるわけでもある。 変わらない日常が戻ってきたようで、小さな変化もあった。 あの日以来、栗橋が姿を見せなくなったのだ。 助けて貰ったあの日、陽太が笑顔になれるように、とギターを弾いてくれたのに、それを拒絶するかのように泣いてしまったからか。 栗橋には何の落ち度もなく、単に陽太がめちゃくちゃ不安定だっただけで。 それでも、栗橋の想いには応えられないのだから、いずれにしろ、彼を傷つけずに済ませられはしないことだ。 仕方がないことだったのだ、と思うしかない。 或いは、栗橋が姿を見せないのは、陽太が絡んでいるかもだなんて少し自意識過剰で、ただ単に忙しいだけなのかもしれない。 折しも時期としては期末試験の頃合いだ。 受験生だと言っていた栗橋にとっては、進路と現実的に向き合わなければならない時期でもある。 ただ、あの日、逃げるように帰ってしまったから、きちんとしたお礼を言えていない陽太としては、栗橋が姿を見せないことはなんとなく気がかりで、だけど、その想いに応えることができない以上、好きだと告白されたことがこのままなかったことになったらいいのに、という気持ちもなくはなく、店内で制服姿の高校生を見かけるたび、複雑な心境に陥っていた。
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