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もうじき閉店、という頃合いで、陽太は店内の片付けをしていた。 そろそろ鷹城が姿を見せるだろうか。 そんなことを考えながら。 通路をバタバタと走る音がした。 どうしても買いたいものがあって、閉店間際に駆け込んできた、という風情だ。 急いでいるであろうお客様の邪魔にならないよう、避けようと思って、音のほうに目を向けると。 そのお客様とバッチリ目が合った。 栗橋だ。 彼は、陽太を見つけると、真っ直ぐ近寄ってきた。 久しぶり――と言っても二週間ぶりぐらいだろうか、相変わらず感情の読めない無愛想な表情が貼り付いているから、陽太に会えて嬉しいのか気まずいのか、全くわからない。 「本宮サン、久しぶり」 「いらっしゃいませ、栗橋君」 とりあえず店員的な挨拶をして、それから陽太は深々と頭を下げた。 「この前は助けてくれて、本当にありがとう」 あの日は精神状態がぐちゃぐちゃだったから、きちんと御礼を言えたかすらあやふやで、陽太はそれがとても気になっていたのだ。 「あー、うん」 栗橋は軽く肩を竦めて、陽太のお礼をそんな相槌でいなした。 わかりにくいけれども、照れているのかもしれない。 「つうか、アンタ、ちゃんと元気そうだな」 それなら、よかった。 「ちょっとバタバタしてて、アンタの顔見に来れなかったから、どーしてるか気になってたんだけど」 どうやら彼は、あの日陽太に泣かれたから、会いに来なくなったわけではなかったらしい。 「あの痴漢ジジイのこと、ちゃんと警察に届けたかよ?」 「いや、えっと…」 そういえば、店長が防犯カメラの画像を警察に持って行くのどうの、と言っていたけれども、どうなったのだろう? 当然陽太も被害者として、一緒に警察に行って被害届のようなものを出す必要があるのかと思っていたのに、店長はその後何も言ってきていない。 あのお客さんも、あんなことをしてしまってさすがに来づらくなったのだろう、そちらもあれ以来一度も見かけなくなった。 「そういうお人好しでおっとりしてるとこ、ホントほっとけないっていうかさ…同居人(あいつ)にはちゃんと言ったのかよ?」 「あ、うん…それは言った、よ?」 高校生の栗橋のほうが、まるで保護者みたいだ。 彼は、あいつが知ってるんならまあ大丈夫なんだろうけど、とブツブツ呟いている。 そして、顔を上げて、真っ直ぐに陽太を見た。 「ちゃんと、あいつに守って貰えよ?」 彼は、その瞬間、とても大人びた顔をした。 何かを選ぶことで何かを諦めることになる、選択することが責任と代償を伴うものであるということを知った、大人の顔を。 「俺、もう、あんまりアンタに会いに来られなくなるから」 東京に、行くことになったんだ。
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