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「オリブルの事務所から、東京に出てこないかって何度も打診されて」
音楽でずっと食べていけるかわかんねえし、とりあえず大学受験終わるまで待って貰おうと思ったんだけど。
生活費も学費も全部面倒見てくれるから、東京で受験すればいいってまで言われて。
親とも話し合って、その話を受けることに決めたから。
「東京で、勝負してくる。だから、アンタにした告白、いったん撤回させて」
アンタのこと、好きなことに変わりはない。
でも、今の俺は子ども過ぎて、アンタの同居人とは同じ土俵にも上がれないから。
「メジャーになって、アンタを拐いにくる」
陽太が驚きと戸惑いと、それからほんのりさみしそうな顔をするのを見てとって、栗橋は、決意と未練の間で僅かに瞳を揺らした。
しかし、最後まで言いたいことを言い切る。
「俺がアンタに勝手に片想いしてるだけだし、待ってて、とかは言えないから」
だから、今は告白を撤回するけど。
「何年かしたら、あんなオッサンより絶対若いほうがよくなるだろうしさ」
そう言って、彼は少し笑った。
その、栗橋の背後から、不意に声がかかる。
「安心しろ、陽太は俺がずっと守るし、売れない三流ロッカーには何年経っても靡かせねぇから」
「鷹城さん」
不敵な笑みを浮かべたそのひとが、しかし言葉とは裏腹にどこか楽しそうに立っていた。
振り返った栗橋が挑戦的な瞳を向けるのを、ガッツリ受け止める。
「どうしても勝負してぇっつーんなら、ま、オリブルを超えるぐらい売れて見せろ…陽太にはそれぐらいじゃねえと釣り合わねぇし」
「スッゲェ自信。アンタはオリブルより上みたいな言い方」
言い返されて、鷹城はフフンと鼻を鳴らした。
「さあ?少なくとも陽太は、碧より俺のほうがいいって言ってるからな」
「たっ、鷹城さん!」
無闇にアオイとの関係を喋ってしまうのでは、と陽太は慌てたが。
栗橋は、軽く肩を竦めた。
「アンタ、案外馬鹿?憧れのアーティストと現実の恋人を同列にするかっての」
理想と現実ってのは全然違うってわかんねえの?
もちろん、鷹城はものすごく現実的な話をしているのだが、それは栗橋にわかるはずもない。
実際に陽太は何度かアオイに冗談ぽくではあるが言い寄られてるけれども、揺らぎなく鷹城を選んでいるわけだから。
「でも」
栗橋は、陽太に向き直って強い口調で言った。
「アンタが大学に通ってる間に、オリブルに並ぶぐらいメジャーになってみせる」
だから。
「ライブのチケットは欠かさずアンタに送るから、予定が合うときは来て欲しい」
まだ何の予定もないし、ライブとかの前にメジャーデビューすらできるかわからないけれど。
それぐらいのビッグマウス、言わせて欲しい。
東京で、戦うために。
「大学にいる間の住所は、あのマンションの最上階だろ?」
このオッサンと別れない限りは。
彼はそう言って、少しだけ笑った。
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